toy box



薄紫の砂糖菓子



きらきら輝くシャンパングラスに、跳ねる甘色真珠玉。


ラベンダー色の髪が波打てば、振り返る男達の視線に溜息が漏れる。得意げに微笑んだ唇は柔らかに艶めいて、色素の薄い睫毛の色すら絵本の中の妖精を思わせて。
「カリファ、あれが今回の話し相手?」
そうヒールを鳴らす長官に、また息を零した。
真っ黒なコルセットから伸びたオーキッドカラーのフィッシュテールスカート。すらりとした華奢な足下はパーティーには不釣り合いなブーツスタイル。それすら様になるのは、きっと、女性として魅力的な容姿と育ちの良さから。
夜会だからと晒された細い肩とは対照的に、表情を隠すためにとつけられた目元だけの仮面が、余程可憐に見えるのだろう、隣を過ぎる男達の目のぎらつきがあからさまで笑ってしまう。そんなこと気付きもしない、この鈍感女にも、だ。
「そのようですね、長官。」
ずれた仮面に触れながら、主催者に向け歩を進めていたボーイの盆からとったシャンパングラスを手渡せば、汚らしい手が差し出すチョコレート皿から視線を奪う。何が入っているかもしれない菓子なんて、口に運びたがる気が知れないが、そんなことお構いなしな貴婦人は煌めかせた瞳で弾けるそれに唇を寄せる。

今回の任務は、仕事相手との面会。秘密裏に動くことの多い組織ではあるものの、さすがに責任者の顔合わせもないまま進める訳にはいかない任務もあるわけで。たまたま手の空いていた自分が、この我が儘で傲慢なお姫様のお目付役というわけだ。嗚呼、なんと嘆かわしい。
眩しいほど豪奢な会場の中、正体不明の大勢の関係者に隣で純粋にこの空気を楽しむ無防備な上司。この脳天気な女がどうなったって構いやしないが、これからの仕事に関わることは容易に想像できるわけで。
「お嬢さん、いったいこんな所で何を?」
ターゲットと面会直前、遮るように前に出てきた大きな男の手にはよくわかりもしない錠剤瓶。
「ここにいるということは関係者なのでしょう?どうです、新しいサプリメントです。」
そう白手袋の上に出された小さな粒は、愛らしい桃色。政府関係者の集まるこのフロアから察するに、人体強化か、はたまた巨人でも身籠る薬だろうか。
「肌の調子もよくなりますし、痛みなどを感じにくくする効果も!」
にやつく下品な口元のあまりの胡散臭さに、早く行くぞと白い手首を掴もうとすれば、薄紫のネイルがちょんと錠剤を摘んだのが見えて。
「…馬鹿なのか?」
と低く声が漏れた。
「カリファ?」
うまく聞き取れなかったのか、きょとんとした瞳が此方に向けば、こんな上司の元につく自分が恥ずかしく思えて。相手の指先から奪った薬を粉々に握りつぶす。
「先を急ぐので。」
にっこり微笑み、痛いほどに手首を引き歩き出せば、
「ちょっと、待っ」
という声が届く前に、長く優美な後ろ尾を踏まれ、つんのめる淡いラベンダー色の髪が見えて。どこに引っかけたのか、ぱんと弾けるように切れたコルセットの背紐に、そこに通されていた真珠玉が跳ねれば、大きく実った胸元がはらりと溢れて。

「剃!」
大きな人魚姫を肩に抱えるようにして人のいないバルコニーに移動すれば、とんと降ろした相手の肩にジャケットを掛けて、
「セクハラです。」
と仮面を外す。あんな広間の真ん中で素肌を晒す上司なんて見たいはずもなくて。
「えー!あれは事故でしょ!」
そう、子供っぽく唇を尖らせた表情すらきっと他人には愛らしく見えるのだろう。
「セクハラですよ。」
「ほっぺた膨らませるだけで?」
そう揺れた睫毛に星屑が踊れば、仮面に隠れた表情が柔らかに笑って。
嗚呼、本当に、と呆れて溜息を吐くのすら忘れて、砂糖菓子のような髪を耳にかけ横顔を眺めれば。

「今夜は星が綺麗ね。」
ふわり、唇から息が漏れた。




馬鹿で頼りのない上司を嫌いになれないのは、きっと。美しい容姿でも、育ちの良さでもなくて。

自分たちが持ち得ない、甘ったるい純粋さのせい。








2017.11.26
脳天気な脳内は、ふわふわ甘い砂糖菓子。




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