toy box



pigment



チラチラと瞬く煌めきに魅せられて、心が惹かれて捕らわれて。


どうしてこうなってしまったんだろう、なんて。考えるのも億劫で。夜空を思わせる真っ黒なシーツに膝をついて、星屑を食すように波打つ茂みに鼻先を埋めて息を吐いた。


恋人のためにと用意された広いベッドに、落ち着いた色合いのホテルの一室。撮影用にと手渡されたカメラは重くて、非日常な今にどきどきと鼓動が速まった。
事の発端は、以前から力を入れていたチャリティーカレンダー。思った以上の売れ行きに、せっかくだからという社長の言葉で出た新企画はクリスマスポストカードの製作で。
はだけたシャツに鎖骨を晒した状態で、真っ黒なベッドに寝ころぶ恋人の身体が美しくて、胸がきゅうと掴まれれば、シャッターにかけた指が震える。
ふたりきりになる必要なんて、本当ならないはずなのに。恋人の我が儘が通るのは、ファンの多さと需要のせい。カレンダーのためにと前回は撮影に応じたものの、自分には何だか気恥ずかしくて次を撮る気になれなくて。「今回はモデルを辞退する」と伝えてすぐに、ならばとあてがわれた仕事は小道具係でも照明でもなく恋人であるルッチの撮影係で。「喜ばれるものを作りたい」なんて職人面して告げでもしたのだろう、こんな高級ホテル、撮影のためとはいえ野郎ふたりが独占するにはあまりに忍びなくて。
するすると肌を滑る布一枚一枚が目に焼き付いて、小さな吐息すらやけに頭に響く。
柔らかな表情を撮るためにと選ばれた自分と、人気者の仕事仲間。今はただそれだけのふたり。
大きなガラス窓からカーテン越しに見える外の空気はひんやりと冷たいのに、この部屋だけ切り離されたように暑いのは、きっと、空調の温度が高すぎるせい。ごくりと飲んだ唾液が喉を押せば、視界すらぼんやりとして。部屋に満ちた甘い香りに、思考がふわりと引っ張られる。
声を発さない相手の、行動ひとつひとつが言葉に見えて、レンズを通していたはずの視線が気付けば相手に奪われていて。起こした身体に合わせ肩に落ちた黒髪に、鋭いとすらとれる凛とした視線。いつの間にか、カメラを離した手首を掴まれて引き寄せられれば、「脱がせ」とでも言うように、その手をゴツリとした腰骨に導かれる。前を緩めるためにくたりとしたベルトに、こてんと重なる額。涙で霞む視界は、きっと、何とも言い訳しようのない強い興奮のせい。
「ルッチ、」
こんなこと必要ないだろう、と告げることすら許されなくて、甘いのに冷たい視線に全てが呑まれて。
「ルッチ…」
溢れるように零れた愛おしい名を呼んで、媚びるように唇を寄せても、手首を掴む手の力は変わらなくて。
近付けた唇から逃げるように離れた額に、逸らされた頬がぴとりと首筋に押し当てられて、頸に鼻先が触れる。
どうしようもないもどかしさに、馴れた手つきで、それでいていつもとは違うどこか罪悪感の伴う心で、ゆっくりと相手のズボンを下げれば視線を外す。座り込んだままでは、ずり下げたズボンを抜き取ることはできないながらも、快楽を求め震えた手で意のままに行動する様に満足したのか、くつりと笑った恋人の表情が見えて。
ゆったりと離れた身体に「撮影しないのか?」と言いたげにサイドテーブルに置かれたカメラを指差し、するりと下着一枚の格好になるルッチが憎らしくて、それでいて、あまりに綺麗で。

ぼんやりとした頭を仕事モードに戻すためにと、小道具に用意された化粧品を思い出せば、使い方も知らない小さな容器を開いてみる。
「こういうの、使うのもいいんじゃないか?」
そう言いながらも、何故だか視線を合わせられなくて、きらきらと瞬く粉を親指にとって。
「お前は、暗いイメージだから、少しは、こう…きらきらさせたら、」
まごつく口元で言い訳じみた言葉を零して、頬骨から目尻に向けて金色のそれを滑らせれば、あまりに純な煌めきに泣きたくなって。それ以上の言葉が紡げなくて。まるで自分が不純なものに思われる。
中世の絵画のように静かで美しい恋人とは対照的に、仕事だと言うのに破廉恥な行為を脳裏に浮かべる自分は、なんて浅ましくて、愚かなんだろう。
ふわりとした眉に、先程と同じようにパウダーを乗せれば、まるで1つの芸術作品を仕上げているような、奇妙な心地がして。それでいて、熱い空気は変わらなくて。興奮と優美な世界に飲まれて、くらくら倒れそうだと瞳を閉じた。
「綺麗、だ。」
なんて、言うつもりのなかった言葉が口から滑れば、いきなり背中に回された腕に引き寄せられて。手にした容器が落ちるのも気にせず、深く熱く唇が重なった。
目の端に映る金色に、頬を包む熱い手の平。さらりと頬を撫でる黒髪が夜空のようで、夕日を零すカーテンの方が非現実に思われる。
腰を撫でる手にピクリと肩が跳ねるも、されるがままは腹立たしくて。相手の髪を、金色を纏った手の平で掻き上げ、くしゃりと纏めてゴムで縛れば、愛おしい睫毛を見つめて、ふと、
「…粉!」
はっとしたように固い肩を押し離した。

手にしていたはずのパウダーケースは、恋人の下腹部の上。宝石のような光をいっぱいに撒き散らして溢れていて。
「ルッチ、お前…」
と言葉にするより早く、腹の底から可笑しさが込み上げて、けたけたと声を上げて笑ってしまう。
低い位置ではかれた下着の上、綺麗に茂った真っ黒な体毛に纏った黄金は、あまりに愉快で滑稽に思えて。
「こんなとこ、煌かしてどうするんだ?」
なんて、ふざけて波打つそこに手を添え撫でれば、ちらちら光る粉に柔らかな毛が愛おしく思われて。何も言わず固まった相手に、空気を変えようと息を吐けば、
「まぁ、他のとこもキラキラにすりゃ、目立たなくなるだろ。」
と伸ばした腕の先には、まだまだたくさん用意されている化粧品にパウダー類。数個のパッケージを掴んで、蓋を開いて中を覗けば、それはどれも魔法のように眩しくて。
「ほら、これとか、お前に合いそうだし…」
そう言いながら振り返れば、いきなり回転した天井に手から離れた容器が落ちる音。スローモーションの世界の中、降る瞬きに彫刻のように美しい恋人の甘い表情。
押し倒された真っ黒なシーツに沈めば、優しいながらも意地悪な視線が落ちてきて。ギラつく瞳に諦め半分に溜息をついた。
「ルッチ。」
また名前を呼んで、熱すぎる空気を吸い込んで。
「おれも夜空に溶かしてくれ。」
そう少し格好をつけて呟けば、ふたり一緒に星屑に染まった。




夜空色の毛波に顔を埋めて、熱を口いっぱいに頬張った。煌めく光に愛おしさが溢れて止まらなくて、息苦しいふりをして、ぽろり瞳から涙を落とす。

嗚呼、お前といると自分まで綺麗に見える、なんて。
言えるはずない。言ってやらない。









2017.11.22
貴方の色に染まれたら。きっと。





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