toy box



路地裏の怪物



風を切る鋭い音に、ぷくりと膨らんだ風船ガムがぱちんと割れた。


路地の中、キャップを被った影がちらつけば、柄の悪い男達がケタケタと笑う。派手な色の下着を見せるようにずり下げられたオーバーサイズのズボンに、何やら甘ったるい薬の匂い。からんと鳴った鉄パイプに、タバコの煙が空気を濁す。
「黄色いアタッシュケースを知らんか?これくらいの。」
細い指先で空に示した四角と同じように角張った長い鼻に、夜の路地裏には不釣り合いな人の良さそうな笑顔。
「知ってたら、何だって言うんだ?」
ゆらりと立ち上がった大柄のひとりが、黒い影に近づけば胸ぐらをぐしゃりと掴む。
「情報が欲しいなら、薬でも持ってこいよ。」
合わさった額に形のよいキャップが地面に落ちれば、さらりと艶やかな黒髪が揺れて、長く飾られた爪先の女がそれを拾う。高く纏められたポニーテールを避けるように我が物顔で被られた帽子のつばで表情は見えないながらも、細く白い顎が闇夜にも目を引いて、口元の真っ赤な紅が誘うように笑う。
がっと突き飛ばすように離された首元に足下がぐらつくも、女がとんと座り込んだ黄色いケースに気付かないはずもなく。帽子を取るふりをして、
「…返してくれんか?」
そう、そっと伸ばした腕を掴まれれば、
「おれの女が気に入ってんだ。帽子も、このアタッシュケースも。見逃してくれるよな?」
ぐっと手首を締められ、ひねられる。
それでも顔色一つ変えず、甘い声が空気を異様に緩めて、
「大事なんじゃ。」
そうまっすぐ向けられた瞳に、潤んだ真っ赤な唇が尖ればぷくりと桃色の風船ガムが膨らんでぱちんと割れた。
ふわりと柔らかに摘み上げられたキャップに、やっとのことで見えた女の煌めいた瞳は星のない空には眩しいほどで。薄く開いた唇の安っぽい赤を拭うように、じゃらじゃらと煩いブレスレットも気にせず腕を引き寄せ、深く甘いキスを交わした。

熱い舌が名残惜しげに離れれば、口内から奪ったガムを地面に吐き捨てる。
「なにしてやがる!」
自分の想い人の唇を奪われたことに顔を真っ赤にした男の顎を蹴り上げれば、後ろから振り下ろされたパイプを楽々と避ける。
「だから、大事だと言ったじゃろうに。」
何ともないように呟きながら、近くに落ちていた金属バットを手に笑った口元は甘いのに冷ややかで。影になったそこに光る瞳は爛々として。風を切るように無遠慮に殴りつけた男の頭は、簡単に凹む。
「誰の女じゃと?お前等もその汚い手で触れたりしておらんよなァ?」
わらわらと集まった男達に視線をやり、からんからんと引きずったバットが軽やかな音を立てて歌えば、
「右の男は太腿、サングラスには脇腹を。」
アタッシュケースの上でなお、足を組んで悠然と座る女、ジャブラがくすくす笑う。
「お前、ハメやがったな!」
噛みつくように喚く男の腰がガツンと鳴れば、ミシリと重い蹴りを飛ばした男、カクがさらりと愛おしげに視線を向ける。
「ハメる気満々だったのは、そっちのくせに。」
立ち上がって、真っ赤な地面の砂利を踏むジャブラの背には雲から現れた明るい満月。ぎらりと伸びた鋭い爪に、三角の尖った耳は闇夜に影を落として、にやりと笑う口元には獣を思わせる牙。
「怪物!」
「の、能力者か…!」
ずるずると後退る男達に、楽しげに笑い指先を合わせる可愛い人。その姿をうっとりと見つめるカクの瞳は澄んでいるのに真っ黒で。
「カバンも!薬も、渡すから!見逃してくれ…!」
バットひとつで軽々と大男を伸した男と、不気味なまでに楽しげな女、足元で血塗れで倒れる仲間の姿にガクガクと震える男の顔は、笑ってしまうくらいに蒼白で。長い爪がじゃらりと安物のアクセサリーを外し落とす音が、冷たい空気に溶ける。
「おれもだ!なんでもやる!だから、だから!」
カツカツと高いヒールがゆっくりと響けば、残された男達が檻の中の羊のように喚き始める。静かだったはずの路地がざわつき出せば、不機嫌に振り下ろされたバットが地面を抉って、甘い笑みがほわりと溢れる。
「わーわー喋ると、ジャブラの声が聞こえんじゃろうが。」
そう告げるカクの声は恐ろしいほどに柔らかで、
「それに、」
向けられた視線はあまりに固い。

「わしの女が遊びたがってるんじゃ、見逃してくれんかの?」

瞬時、弾けるように飛び散った血飛沫に声にならない叫び声。きらきらと踊る黒髪に、煌めく白い歯。整った横顔が楽しげに笑えば、つられるように微笑んだ笑顔が満月に照らされて。


「やりすぎじゃぞ。」
と清潔なタオルで柔らかな頬を拭ってやれば、そっと抱き寄せ唇を合わせる。
「浮気ごっこは楽しかったか?」
額を重ね嫌味を言えば、くすくすと笑った笑顔が愛らしくてなんでも許したくなってしまう。
「カクの嫉妬しい。」
そう呟きながら、差し出したアタッシュケースは今回の任務の回収品。
「ほら、作戦通り。」
平然と受け取った黄色のケースの中には、政府が欲してやまない悪魔の実。噂話を過度に信じている恋人がそのことを知れば高い声を上げてしがみついてくるだろうことを見越して、今はまだ、と柔らかな腰をぎゅっと抱き寄せた。

真っ赤な口紅を拭き取って、高く纏めた髪を下ろす。尖った高い靴を脱がせれば抱き上げて、そっと被せたキャップ帽越しに静かに唇を寄せて、
「大事なんじゃと、言っただろ?」
そう聞こえない程、小さな声でもう一度だけ呟いた。




大切な人を抱き締めて、冷めた瞳で路地を見下ろす。
さぁ、怪物はどちら?









2017.11.06
細く光ったそれは、三日月?それとも誰かの笑み?






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