toy box



しらなみごころ



目の前がキラキラと瞬いて、ふわりと優しく息が溶けた。


寝起きの鏡に映った髪は肩にあたって緩い波を描いていて。なんて面倒なのだろうと濡れたままの手で撫で付ける。
白い肌に白い髪。全てが空気に消え入ってしまいそうなほど透き通ったその身体は、幼少期の子供には不気味に見えて。
「妖怪女だ!」
なんて、素直でまっすぐなからかいの言葉が投げつけられる。少しでも愛らしく粧しつけるためにと伸ばされた髪は興味の的で、「呪いの髪をつかめた奴は勇者だ」なんて噂話から、誰ともつかぬ強引な手に引っ張られて、やめてという言葉すら届かない。
そのためか、いつからか短くして伸ばすことのなかった、憎たらしい髪をそっと耳にかければ、やっと肩までに達したそれに苦笑を漏らす。
「伸ばせばいいのに。」
そう頭に残った甘い声に、なんの意図もないであろう髪を撫でる優しい指先。それだけでほんわりと胸が熱くなるのはどうしてだろう。
軽く掻き上げた髪に顔を洗えば、冷たい水に肌と心がきゅっと締まるのがわかって、頬の薔薇色を鏡越しに撫でた。
久々に会う上司に、長く伸ばした髪をからかわれるのは承知の上で手の平で弾ける化粧水をぎゅうっと肌に押し込める。飴細工を思わせる繊細な睫毛が揺れれば、潤いを与えられた肌がさらりと瞬いて、艶めく唇にいつもよりほんの少しだけ赤みの強い口紅をそっと乗せる。
何度も確認したヘアセットに洗面台に背中を向けるも、躊躇いがちに振り向いて、もう少しだけと伸ばした手でヘアブラシを掴む。ふわりと向けた視線の先、並ぶ香水瓶に仕事だからと言い訳じみた理由をつけるも、
「その匂い、すきだな。」
なんて、目敏いあの声が聞こえる。
ちょんと触れた指先とは対照的に、選んだ淡い桃色の香水瓶に迷いはなくて。いつもなら肌に乗せるはずの甘い香りをそっと吹きかけたブラシに、またあの低く優しい声を重ねて、髪をふわりと撫でた。

いつもと変わらぬ服装で、いつもより少しだけ甘い口紅と恋する香り。一際目を引く忌々しい白い髪は、今日の日のために丁寧に丁寧に手入れして、部下達にも褒められる程に艶めいていて。
それでも胸がぎゅうっと締め付けられるのは、きっと、あの人が特別だから。
そっとノックした扉に、中から聞こえる気の抜けた声。
「お久しぶりです。」
そう告げる自分の無愛想な表情にがっかりしながらも、安心する。そう、いつも通りが一番なのだと。
真っ直ぐに向けられた視線があまりに熱くて、溶けてしまいそうで。報告書に目を向け軽く俯けば、さらりと世界を隠す白い光。
「髪、伸びたね。」
ぽつりと告げられた言葉に、昨夜から何度も繰り返し考えていた返事を零す。
「切る時間がなくて。」
貴方の為に伸ばしました、なんて烏滸がましい。この気持ちは深く深く靄の中にしまっておくべきものだから。少しだけ緩んだ気持ちに、毛先から溢れた優しい香りが背中を押す。
薄く開いた唇からゆっくりと息を吐けば、何もなかったように資料を読み上げる。早くこの場から逃げてしまいたい、そのくせ、永遠に貴方の傍に居たいだなんて。矛盾した心に睫毛が揺れれば、
「以上です。」
と言いながらも、視線を上げることができなくて。後ろ髪を引かれる思いで、ドアノブに手をかけた。
これでいい。こうして久々に言葉を交わした、それだけで。
「では、失礼します。」
そう背中で告げれば、ふわりと大きな掌が伸びてきて、
「その髪さ、おれのために伸ばしてくれてるの?」
ドアノブに掛けた手を包まれて。するりと伸びた腕が扉にとんと着いて、
「この匂いも、その口紅も、おれのため?」
なんて、整った鼻先が柔らかな髪にそっと触れる。

どきどきと煩い鼓動に泣きたくなって、どうにか誤魔化そうとしたって。
「クザン、さん…」
出た声はどうしてか震えていて、赤くなった頬を隠すことが出来なくて。
「ねェ、スモーカー。」
あの低い声が、透き通った髪を滑って耳を満たす。

あれほど憎んだこの髪が、きらきらと輝いて見えるのはどうしてだろう。あれほど嫌った白い色が、心から誇らしいのは何故だろう。
そっと後頭部から離れた熱に誘われるように振り向けば、窓から溢れた光を掬うようにさらりと髪が耳にかけられて、優しい瞳が甘く細まる。

「綺麗だよ。」

ぽたりと溢れた涙に、慌てて言い訳を考えれば、それ以上に焦ってあたふたとする愛しい人。
「目に前髪が入っただけです。」
なんて嘘吹いて、そっと俯けば、
「なら、上を向くべきでしょ。」
そっと顎に添えられた指に、絡まる視線。




白い波がふわりと揺れれば、長い指が髪を梳いた。









2017.11.06
その髪は心惹き合う淡い白波。





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