toy box



空色パレット


まだまだ明るい空には、綿菓子のような桃色の雲。
サファイアからルビーへと移り変わる空の真ん中には金色の世界が見えて。
蝉の音が瞬時、消えた気がした。


ひんやりと冷たい人工的な風に、嫌に鼻につく匂いは甘く女々しい。
一人なら足早に通り過ぎてしまうだろうフロアの真ん中、紙袋を手に立ち止まったのは、きらきらと瞳を輝かせる恋人のせい。
普段の作業着ではない淡い空色のガウチョパンツの裾からは健康的な足首が見えて、疲れやしないのかと気にかかるほど純白のサンダルは華奢で。空調のことなど考えもしないだろう、フリルのノースリーブブラウスから、細い二の腕が伸びれば、鏡に溢れた世界の中、指先が三色のパレットに伸びて。
「これ、前から気になってたんだぁ。似合うかな?」
なんて、限定発売という言葉に騙されているのだろうと考えながらも言葉にする気すらなくて。
「つけていないのにわかるはずないだろ。」
と小さく告げて、パレットの真ん中、やけにぎらつく粉を指にとる。
コーヒーのように深い柔らかな茶色に、カフェラテ色のパウダーの間に居座る金色は、手に掛けた紙袋の中のネックレスと同じ色。親指と中指で擦り潰したそれは自分には眩しすぎるように感じられて、じっと見つめてくる潤んだ瞳の純粋さに胸が締め付けられて。
今日のために用意したのだろう、真新しいオレンジのシャドウに指に乗った光を寄せる。
海を思わせる青い瞳に、太陽のような橙に降り注ぐ金色の煌めき。その美しい目元が自分を映すこの状況が幸福で、なぜだか頬が緩んで。
「よければ試されますか?」
と話しかけてきた店員に有無を言わさず、
「これをひとつ。」
手にしたパレットを指せば、金色の髪がさらりと揺れて、嬉しげな吐息に単純すぎると苦笑が漏れた。

ちらりと揺れた視線の先には、色違いのパレットがあって、
「他もみるか?」
と尋ねるも、ふるふると横に振られた首は嘘が下手で。
「ルッチが選んでくれたのが一番だよ。」
そう返す唇は、誕生日に贈ったばかりのリップの艶めきに隠れながらも、どこか悩みが見えて。
「なら、リップは自分で選べ。」
と告げながら細い肩にジャケットをかけて、笑顔を向けるマネキンに小さな声で秘密の言葉を囁いた。


「今日はたくさんお買い物して楽しかったね!」
なんて、自分の物ばかり買ったくせに、こちらまで巻き込んでの感想が、腹が立つ以上に愛おしくて。自分で自分に呆れてしまう。
両手に持った荷物の中身は、恋人の洋服やアクセサリーばかり。物欲のない自分からすれば、ここまで一日に購入する脳の仕組みがわからなくて。脱がされるために着飾る本能に首を傾げる。
こちらの返事も聞かず、話し続けていた声がふと止んだのに気が付けば、数歩後ろで立ち止まった可愛い人の視線の先には、夏色から夕日の色へと移りゆく大きな広い空があって。驚きと喜びに見開かれた瞳に反射して、丸い目玉は硝子玉。
「きれい。」
視線も向けず零れた言葉に吐息をつけば、なぜだか胸が熱くなって。全てを投げ捨て、抱き締めたくて。
それでいて、そうできないのを空の合間の曖昧な金色のせいにして。




愛しい人に隠れて購入した、もう一色のシャドウパレットは、海色の瞳にぴったりな砂浜の瞬き。
甘い夜の先、寝起きの恋人の煩い高い声を思い浮かべれば、
「帰るぞ。」
そう小さく呟いて、紙袋を揺らした。







2017.07.19
シャドウを塗ると理由を付けて、閉じた瞼に嘘吹いて、あなたのキスを待ち望む。



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