孕む指先
甘ったるい香りがふわり、鼻先をくすぐって。
真っ赤な舌が、チロリ、見え隠れ。
幸せそうな恋人の前には、クリームの残った皿の山に、溶けかかった氷だけがカラリと音を立てる空のグラス。ふんわりと膨らんだ頬の内側には、ルフィのお気に入りのチョコレートケーキが詰め込まれているわけで。
可愛い笑顔につられて微笑みはするものの、此処は辛党なおれにとっては地獄ともいえる、食べ放題のスイーツ店。
「ほら、これもおいしいぞ!」
なんて、親切心から差し出されるフォークの上には、一口にしては大きすぎるアイスの塊。
「ゾロ、あ〜ん!」
と、砂糖よりも甘い声で囁かれれば、断れるわけもなく。
本日6回目の特大の愛を呑み下す。
「ゾロ、甘いの嫌いって言ってたのに、今日はいっぱい食べるな!」
そう、きらきらした瞳を向けられれば、
「おれ、ゾロと一緒に食べんの、楽しいぞ!」
クリームを頬につけたままの子供みたいな表情に心が奪われる。
桃色に色付いた頬を小動物のように動かして、濡れた唇をぺろりと舐める。
そのしぐさが、何故だか艶っぽく見えて。
甘ったるい香りにやられたのか、と理性を呼び起こすように首を横に振れば、ごくごくとブラックコーヒーを飲みほした。
あの赤い唇はきっと、皿の上、揺れる愛らしいプディングよりも柔らかで。先程、口にしたアイスクリームよりも甘いのだろう。
ごくんと嚥下の度に震える首筋は、生クリームのように白くて、マシュマロのようにしっとり美しい。
「ゾロ?コーヒーなくなったなら、いれに行くか?」
なんて、自らの皿を持ち立ち上がった可愛い人の手を引いて。
「ルフィ。」
そう、掠れた声で名前を呼べば、どうしても唇が欲しくなって。
ゆっくりと近づけた口元に、長い睫毛がふわりと揺れて。
「…ゾロ?」
不思議そうに呼ばれた声にはっとして、誤魔化すように、
「ついてるぞ。」
なんて、さくらんぼ色の唇の端、ふわりと乗ったクリームを親指で拭う。
「お、ありがとな!」
と、すぐに背を向けるだろう相手にあわせて席を立てば、ぴとり、指先に熱がこもって。
ちゅうっと指先に口付ける、愛しい人に心が跳ねて。
抑えていたはずの想いが溢れて、落ちた。
ぎゅうと抱き締めた身体は細くて、自分の鼓動が響いて聞こえて。
「悪い。我慢できなかった。」
素直に呟けば、くすくす笑う、狂おしいほどに恋しい人。
「そんなに食べたかったのか?食いしん坊だな。」
何もわかっていないふりをして。
「なら、」
ぴとりと合わせた唇で、
「どうぞ、すきなだけ召し上がれ。」
なんて、
可笑しくなるほど優しく、そっと甘ったるく笑うのだ。
そっと甘い魔法をかけて。
難しい呪文も、入手困難な薬草も、
何もかも、いらないから。
必要なのは、
貴方の愛と、
その、
孕む指先
2016.09.20
ほら、かないっこないのよ。
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(Thenks/つぶやくリッタのくちびるを、)