Osomatu



夏の盲目


大好きだと伝えるだけで解決する問題を、俺はどうしても先延ばしにしてしまうんだ。



きっと、先生は俺のことが好き。
そう思ったのは、夏の始まり。汗ばむシャツに鼻を突く消毒液の匂い。
「松野の目は綺麗だね。」
小さく呟いた先生が、なぜか泣きそうに見えて、俺の胸はキュウッと痛んだ。
嗚呼、きっと、先生は恋しているんだ。そう、確信した。

ボサボサの髪に、隈のできた目元。何ひとつクールと言えないそんな先生が、時折見せる、はにかむような笑顔が大好きで。行かないなんて言いつつ、毎回顔を見せる練習試合で、ひらひらと降られる手が恋しくて。
まるで、先生の瞳には俺しか映っていないようで、クスリと心で微笑んだ。

気付いていないだけで、俺達は、両想いなんだ。
「愛されているはずだ。」なんて、錯覚したまま、俺は暢気に日々を過ごした。


いつもと変わらぬ昼休みのランチ後、日課になっている保健室でのお喋りに向かえば、珍しくも中央階段で想い人と鉢合わせ。
「…運命だ!」
不意に、口から飛び出した言葉に、薄い唇からフッと低い笑いが漏れて。
「なにそれ。」
ふわりと降ってきた声すら愛おしかった。

「だって、先生のこと考えてたら、こうして此処で出会ったんだ!これはディスティニーだろう!」
興奮気味に捲し立てて、瞳を輝かせば、
「階段で会うくらい普通じゃない?」
と大きな欠伸をした、ひとりの大人。
その態度が冷たく感じて、まるで独りよがりなようで。
「でも、こんな風に喋るのは、俺とだけだろ?」
ムッと尖らせた唇から、イエスと返ってくるはずの問いを投げ、胸を弾ませれば。

少しの沈黙の後、
「さぁ?」
と乾いた声が階段ホールに響いた。

瞬時、
「松野先生―!早くー!!」
階上の踊り場から、黄色い声が降ってきて。
「じゃあね、松野カラ松くん。」
ぽんぽんと撫でられた髪に、返す言葉が見つからなくて。
立ち尽くした俺をおいて立ち去る、先生の背中が遠く見えた。


それから、何分経ったのだろう。
「おい、松野!予鈴なるぞ!」
そう遠くで自身を呼ぶ、クラスメイトの声すら靄がかかって。

頭に響くチャイムに混ざって、パラパラと世界が崩れる音がして、胸が痛いほどにギュウギュウと締め付けられた。

嗚呼、俺は空っぽだ。
何も聞こえない世界の中、当てもなく階段を駆け上がって。バンと勢いよく開けた屋上の扉を抜ければ、そのままのスピードで、錆のついたフェンスにぶつかれば、雄叫びのように大声で吠えた。
声変わりした低い声が嗄れるほどに、落ちそうな涙を耐えるために。

「盲目なのは、俺の方だ。」
ガシャンと額をフェンスに押し付けて、ポロリと漏らせば、

「何に、そんな盲目なの?」
なんて、あの大好きな声が耳を掠めて。
熱いくらいにぎゅうっと背中から抱き締められた。


ジクジクと蝉の音が煩い、夏の日のこと。
俺は二度目の恋に落ちた。








2016.07.03
ずるい大人と空っぽ少年。頭の中には貴方だけ。



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