Not ZL



苺とアストロメリア


春の匂いがする。

桜の散った夏前のやけに火照った昼下がり。退屈な任務の帰り道、立ち寄った街並みは自分が歩くには余りに鮮やかで、白いコートが揺れるのすら煩わしい。
まだ子供のような高い声で話す女達に、南国の鳥のような音で喚く男達。その手にある甘い色に視線をやれば、いつかのあの日が脳裏を過ぎる。


窓辺の白い花が揺れれば、枕に埋められた額に風呂上がりにも関わらず汗を含んだ金色の髪が光る。バランスよくついた筋肉が波打てば、腰を掴んだ手のひらに淡い震えが伝わって。繋がったままの身体で溶けた表情を焦がれて、強引に向かい合わせた瞳に溜まった熱情に、どくりと赤黒い鼓動に深い息を吐いた。
普段は無駄口ばかりを零す唇を塞いで抵抗することのない手首をシーツに押しつければ、既に湿り気を帯びたベッドに汗が落ちる。透き通った宝石を纏った星色の睫毛が震えるのを確認すれば、ざらついた舌で声にならない愛を唄う。
ふわりと揺れる味気ない白いカーテンは既に高く昇った太陽の光と真っ青な空に飾られて、蒸し暑く籠もった部屋の空気を掻き混ぜる。微かに届くアルコールの匂いに、テーブルに置かれたままの空のグラス。昨晩から続く凶暴な程に甘い時間と、気が抜けるほどの限りのない情。氷すら残っていない硝子に視線をやって、冷蔵庫の中のミルクの残りを思い起こせば、余所見をするなと言いたげに黒髪を掻き混ぜるかさついた職人らしい指先。
銀糸を残し離した唇に、荒い息使い。潤んだ柔らかな空色の瞳に、
「ルッチ。」
ボトルの中、血のように赤いリキュールが笑う。

「もうランチタイムも過ぎてる。」
むすっと尖らせた唇に、知ったことかとわざとらしく溜息を吐けば脇腹をぐいっと押した肘に視線をやる。
「お前がしつこいからだろ。」
言った直後、しまったと言いたげに赤くなった耳元に、また吐息を零せば触れた紫煙が揺れて。熱いほどの日差しに春の風がふわりと舞えば、細い路地の先、新しくオープンしたらしいコーヒーストアに視線が向く。店前に立てられた手書き看板に淡いピンクのイラスト。きゃっきゃと耳煩いカップルの声に、手にしたドリンクは鮮やかな春の色。
未だ視線をそらせたままの恋人の腕を引いて青と白のストライプのオーニングへと向かえば、メニューの下に小さく追いやられたアイスコーヒーをとんと指す。いきなりのことに驚いたように視線を向ける相手に、いつもと変わらぬ無表情を返せば、次いでシンプルなサンドイッチのイラストを叩いて。
「なんだ、腹が減ってるなら言えよ。」
きょとんとした後、吹き出すように笑ったその声は心地いい甘さ。仕方ないなと勿体ぶるように代わりに告げられた注文に、追加された季節限定のドリンク。
「お前の奢りな。」
にっと笑った白い歯に、揺れる金色の髪は何処までも澄んでいて。
店横に置かれたパラソル付きの白い丸テーブルに向き合うように座れば、水路を行くヤガラから手を振るファンに笑顔で返すその手には、コーヒーストアで購入する意味のない甘ったるいドリンク。それでいて、歳下の恋人が選ぶだろうという予想通りの展開に、分かり易すぎるだろうとサンドイッチを口に運べば、鼻を掠めた香りに昨晩の熱い時間が甦って。ストローをくわえた唇に、深く欲を頬張る濡れた口元を重ねれば、そっと温かな頬に触れる。不思議げに寄せられた眉間の皺に、光を纏った髪を耳にかけて。
ただひとりに向けて、瞳を細め微笑んだ。

あの日が。


ふわりと手にした白い花は淡い色のドリンクにのったホイップクリームを思わせて、胸焼けしそうだと視線を落とす。花屋の店主に声を掛けられれば、買う気のなかったその花を指さして。
コートを翻し歩いてみれば、また目に付いた淡い色を湛えた苺の飲み物。
「おれの好物?苺のリキュールだな。」
明るく響く声は鮮明で、口付けた際に鼻を抜けるあの香りが愛おしくて。分かり易くも手にした甘ったるい苺のドリンクに上機嫌なあの表情が恋しくて。

金色の髪に触れた人差し指を見つめれば、見えないはずのものを見て足を止める。


むわりと熱い澱んだ空気を混ぜる白いカーテンに似たアストロメリア。
「なんか、春って感じだろ?」
そう笑いながら窓辺に飾られた、あの日の花を抱いて夜の空を歩いてみれば、月明かりに透かせた指先をまた眺める。

お前は他人と話せねェから仕方ないなと、からかうように笑う優しい口元から、
「ちゃんと喋れんじゃねェかよ!!!」
荒い絶望が溢れた、あの瞬間が脳裏を満たせば。


真っ赤な苺のリキュールが、
とろりとろりと指を伝って。

未だ、この手を汚すのだ。








2019.05.03
献身的なこの愛を、きっとお前は知り得ない。

苺の花言葉:完全なる善
アストロメリアの花言葉:献身的な愛





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