Not ZL



モノクロ泣き虫



真っ白な花畑の中、楽しげ笑う表情が美しくて。
嗚呼、泣いてしまいそうだ、と瞳を閉じた。


何処からか聞こえる水音に水源を探し彷徨い歩けば、深い森の奥には白い洞窟。
航海途中の無人島。何か食料でもあればと船を離れてみたものの目の前に広がるのは、太陽の光さえ遮るように生い茂った木々に色の無い花達。鳥の羽ばたきを耳に感じれば、つい先程まで隣にいたはずの狙撃手を探す。
子供でもあるまいし泣いてはいやしないだろうが、それでも心配性な相手にとって見知らぬ森の中、ひとりきりと言うのは不安だろうと考えて。紫煙を揺らめかせ足を速めれば、かさかさと揺れる茂みに視線を向け溜息を吐いた。
ひとりは恐いと騒ぐくせに、目を離すと興味あるものに気を取られ、はぐれてしまうような子供っぽい想い人。今頃、何処かで自分を呼んでいるのではないかと考えて、怪我をして動けなくなっているのでは、なんて容易に想像できて。
踏みしめた獣道に導かれるまま進んでみれば、目の前には白く柔らかに輝く洞窟。ぽちゃんと滴の跳ねる音に、その奥から零れる水の落ちる音。
心惹かれて進んだそこは驚くほどに明るくて。水晶のように煌めく鍾乳洞。足下に転がった小石も、ぽたぽたと落ちる水滴まで、全てが宝石のように美しくて。水音に誘われるように奥へ奥へと向かえば、遠くに見えた小さな滝からは眩しいほどの光が満ちて、前に進むのが恐くなる。
夢のような美しい洞窟はまるで作り話じみていて、その上、目の前に迫った目映い光は天国を思わせて。引き返すべきなのではと、足を止める。澄んだ清らかなこの場所に違和感を感じて。何故だか此処に立っていることが不安で。それでいて、振り返った真っ黒な世界を見つめれば、引き返す事すら考えたくなくて。止まった足にぐっと力を込めた。

生まれてきたことの意味を知らずに、立ちすくむことすらできなかった日々。優しさだけを胸に抱いて、信じた母を失ってなお、走り続けたこの道。どろどろと溶けてしまいそうな手のひらに、真っ黒なインクが染み入るようで心の奥がじんと冷える。
「なァ、サンジ。」
そう甘く響く声に唇が振れれば、脳裏に浮かんだ柔らかな黒髪に、桃色の口元。照れたように細まった瞳に長い睫毛は繊細で。密着した体温は温かで、生きているよと囁かれているようで。
額を重ねて指で撫でた波打つ髪は真っ黒なのに、そこには闇を感じなくて。
「いい色だろ?母ちゃん譲りなんだ。」
くすりと笑った声に、心がぼんやりと熱くなる。
溺れ沈んだ海の色に、冷たい独りぼっちの牢屋の空気。鉄仮面をつけた視界に映る世界は全て薄暗くて、澱んで黒くて。冷たく何をも拒むその色に恐怖していたはずなのに、愛おしい視線と指に触れる甘い黒は、今まで自分が見てきたどんな色よりも優しくて。とろりと熱い黒に満たされる気がした。

のに、この澄んだ白い世界すら恐いと思うのは何故だろう。
滝の奥に続いているのだろうそこはきっと、白紙の世界。危険なものなんてありはしないだろうとわかっているのに、透き通ったその世界に真っ黒な自分が滲むその様を想像するだけで苦しくて。黒に脅えていたくせに、今度は透き通るような白まで恐いなんて。いったいどうしたことだろう。
力を込めた足がびくともしなくて、頭の中でぐるぐると回るのは軍隊の規則正しい足音に、繰り返させる銃声。けらけらと笑う子供の声に、割れた皿に倒れるテーブル音。やめてくれと叫びたくて、なのに喉はからりとして。声の出し方すらわからない。
「サンジ。」
そう呼ぶ声が光の中、聞こえる気がして。母親を思わせる、それでいて思い出の中のそれとは違う、ほんの少し子供っぽい声。
「サンジ。」
再度聞こえた声に、はっと顔を上げ駆け出せば、後先なんて考えず輝く滝の先へと飛び込んだ。

ふわふわと優しい風が吹く其処は、純白の花が咲き乱れる花畑。太陽の光は眩しくて、それていて柔らかな明るさに世界が鮮明に映る。
風に乗って聞こえた鼻歌に、此方に気付かず胸に抱えた花に顔を埋めるその人の横顔。永遠に続く純白の世界に揺れる、甘い甘い黒髪。
「ウソップ。」
唇から零れた声は震えていて。なんだか気恥ずかしくて。なのに、振り向いた笑顔に泣いてしまいそうで。
「サンジ!」
ぱたぱたと駆け寄るその人を少し強引に抱き締めた。
「リナリア。この花、食べれるだろ?」
幸せそうに語りかける声は胸元に触れて。
「滝の先に、こんな場所あるなんてびっくりだよな!」
そう、くすくす楽しげに微笑む表情を想えば、細い腰に腕を回して背中を撫でた。
「はぐれて泣いてるかと思ったのに、元気そうだな。」
強がってからかうように告げれば、ぐしょりと濡れたスーツに長い鼻先が埋まって。
「だって、サンジがくるって知ってたから。」
真っ白な言葉が世界を包んだ。



純白の世界の真ん中で、瞳を閉じて吐息をついた。
嗚呼、幸せで泣いてしまいそうだ、なんて。









2019.03.10
泣き虫はきっと、僕の方。


(かるらさんに寄せて。)




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