Not ZL



懐かしのブレティラ

(マリンフォード頂上戦争後)


きらきら瞬く星屑に、夢でもいいと瞳を閉じた。


風に揺れるブレティラの花は白い月に照らされて静かで。一面の紫にほっと息が零れた。
船の見えないそこは、いつもの賑やかな仲間たちの声は届かなくて。世界にただひとり、立っているようで。ランプくらいもってくるんだった、なんて考えて煌めく星達を見上げれば、ふわりと後ろから温かな光が溢れて。
「火が欲しいって考えてただろ?」
クルーの誰かだろうと振り返ったそこには、にかりと笑った子供っぽい笑顔。居るはずのない、大切な仲間。
「エース。」
僅かに震えた声を隠そうと唾を飲み込めば、こちらの反応に不思議げに傾げられた小首と眉を顰めるその様が懐かしくて。視界がうるりと揺らめいた。
「本当はルフィの誕生日を祝いに行くつもりだったんだけどよ。もう1日過ぎちまったし。今は会う時じゃねェのかもって思って、こっちに帰ってきたんだが。話しかけちゃ不味かったか?」
心配げに覗き込む視線は、まるで自分の死を忘れているようで。目の前のエースはきっとティーチを追って出たその時から止まっていて。
「まずは“ただいま”が先だろうがよい。」
細めた瞳は偽りではなくて、紫の花々が柔らかに囁いた。

「ほら、やる。」
そう腿につけられたポーチから取り出されたのは、真っ赤な菓子箱。小さなそこから取り出されたそれは、スティック状の甘いプレッツェル。本当は弟への土産だったらしいそれを受け取れば、なんと返すべきなのかわからなくて。噛んだ唇に心配げに下げられた眉が恋しくて、このままここにいてくれと抱き締めてしまいそうで。
ゆっくりと瞳を閉じて、深く息を吸った瞬間、ぐうっと間抜けに響いた腹の音は自分のものではなくて。
「食べるか?」
そう以前と変わらぬ温度で土産箱を上げ、笑い返した。

長方形の箱を開けば、中袋からチョコレートを纏ったそれを相手に差し出す。
「なんか、懐かしいよな!」
菓子をぽきりと噛み、見せられた白い歯に、
「こんな量じゃ、うちの船じゃ喧嘩になるからな。」
そう真意を隠して、箱を揺らした。
指先で摘んだ細い菓子は、ほわりと甘く香って、舌に溶けて。静かな紫蘭と柔らかに降り注ぐ星明りとは対照的に、幼過ぎて。
さらりと髪を撫でた夜風に、そろそろ戻るかと、数本のプレッツェルを頬張るその人をそっと見やれば、一緒に帰ろうと言っていいのか自信がなくて。
「戻るよい。」
くるりと向けた背に、伸びてきた指先が赤い箱をするりと抜き取って。
「おれは、もうちょっとここで食べてから戻る!」
ひらりと振られた手のひらに、一面のブレティラに座り込んだエースの姿は透き通って見えて。瞬く星空を憎く思った。
これではまるで天国ではないか、そう思えて。

「ちゃんと帰ってこいよ。」
なんて言えなくて。きゅうっと締め付けられる胸に、深く深く息を吐いて。

「忘れないよい。」
そう囁いた。

きょとんとした瞳にふわりと笑えば、涙が溢れそうで。
「ここで、こうしてふたりだけで土産の菓子を食べたこと。他の奴には言わねェが、おれはずっと覚えてる。だから、」
そう先を続けようと開いた唇に、喉奥がからりと乾いて、先を紡げなくて。

「おれも忘れねェよ。ずーっとな!」
にかり笑ったその眩しいはずの表情に、ゆらりと霞む花畑。煌めく星屑は、ほろほろと溶けて。辺りが闇に包まれて。




はっと目を覚ましたのは、自分のベッドの上。
そこは確かにいつもと同じで変わりなくて。窓から見える景色も一面の海。花畑など、どこにもありやしないだろう。
「夢、か。」
ぽつりと溢れた声は落胆ではなくて、小さな違和感。
顔を洗おうと床へと降ろした足に、ふと目に付いたのは海風に柔らかに広がるカーテン。色褪せたそれをそっと引けば、そこには。


ぱらぱらとめくったページにはたくさんの花々。昨日の出来事の意味を探して見つめた書物に、あの笑顔が浮かぶ。
「ブレティラの、花言葉。」
ふと目を止めたそこに咲き誇る花は柔らかな紫色。
「“変わらぬ愛”と、」
星空を背景に手を振った、子供っぽい表情を脳裏に浮かべれば、なんだか愛おしくて堪らなくて。
「見かけによらず、心配性だな!」
声を上げて、久々に笑った。


色褪せたカーテンの影には、真っ赤な菓子箱にささった愛らしい紫の花。嗚呼、陸に着いたらお菓子を買おうか、そう甘い笑みが零れた。


「ブレティラの花言葉“あなたを忘れない”。」









2018.05.06
そんなに念を押さずとも、ちゃんとわかっているけれど。




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