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指先に満月



月の浮かんだ舞台、揺れる金糸に腕を伸ばした。


賑やかだった笑い声が静かな寝息に変われば、船を抜け出し昼間訪れた湖を目指す。雪を被った木々を掻き分け進めば、眩しいほどの月明かりに厚く張った氷がふわりと光って見えて。
よし、と意気込んで担いできた荷物を解けば、船大工の手を借りながらも作ったスケート靴に足を通す。細い紐をキュッと結べば、背筋がしゃんとした気がして。腰掛けていた岩から立ち上がれば、そっと爪先を湖に乗せる。
すっと流れる空気に、心地よい夜風。雪化粧を纏った木々に澄んだ空を思えば、一歩踏み出したその瞬間、つるりと取られた足に気付けば尻餅をついていて。驚き見開いた瞳にはちらちらと白く瞬く星屑が映って。
そうだよな、なんて間抜けな自分に苦笑して、衣服が濡れるのも気にせず手足を伸ばして寝転べば、ふわりと白い息を吐いた。

太陽煌めく氷の上を笑いながら駆け転び、割れたそこから冷水に嵌る船長の姿に、ふと、更に冷えた夜中なら厚くなった表面、凍った湖の真ん中に辿り着けるのでは、なんて考えて。
懸命に作り上げたスケート用シューズは、試作品含め二足。袋に詰めて大切に大切に、もしかしたら向こう岸にまでだって行けるかも、なんて1人でわくわくしていたのが、なんだか恥ずかしくて。視界がほろり歪んだ。

氷の上は、まるで自分の未来のようで。思い描いたようには行かなくて、うまく立つことすら出来なくて。情けないな、とぼんやり届きそうな満月に手を伸ばせば、


「寝相の悪い奴だな。」
掴まれた手にさらりと氷の削れる軽やかな音。
「毛布から抜け出して、ここまで転がってきたのか?」
鼻を擦る煙草の匂いに心が熱くなって、ぐっと引かれた腕に顔が近付けば、ふわりと笑った柔らかな表情が明るい月に照らされて。
「サンジ。」
小さく漏れた名に、何故だか少しほっとした。

ワンサイズ大きな試作品を履いたしなやかな足取りは軽くて、まるで星空の中、踊っているようで。
「今夜はスケート日和だな。」
黙って船を抜け出したことを咎めもせずに、冷えた頬を包んでくれる手のひらに泣きたくなって。それでも素直になれやしなくて、
「だから、ここにいるんだ。」
なんて、表情を隠すように相手の肩に額を押し付ける。

「疲れたから、ちょっと休憩。」
手を引かれて連れられた岩に腰掛けて嘘吹けば、全てを見透かしたようなサファイアの瞳が揺らめいて、
「なら、ひとりで滑ってくる。」
なんて、ゆったりと蹴り出した一歩で冷たい風を煌めかせ進む恋人を眺めれば、ふるり睫毛が振れる。
金色の髪は氷の粒を纏って星座のようで、鮮やかな夜空を映す瞳は優しく細まって。遠く遠く、岸に向かってワルツを踊る。
思い描いたままに進む愛しい人に、ひとりではろくに立てもしない自分。対照的な様が更に胸をじくじく痛める。


「満月を拾いたかったんだ。」
大きな弧を描いて帰ってきた相手に告げれば、馬鹿にすることなく静かに手を取られて。
「でも、できなかった。全然だめだ。」
素直に告げた瞬間にぽろりと涙が溢れて、温かな親指がそれを掬う。
「おれは、何もできやしない。」
ぽろぽろ止まらない涙に、優しく下げられた眉。ぎゅっと抱き締められれば、触れた肌が熱くて。

「一緒じゃ、だめか?」
そう、甘い声で尋ねられる。

「ひとりではできなくても、おれならお前に満月をやれる。おれなら、お前に全てをやれる。」
ふわりと漏れた白は、紫煙か吐息かわからなくて。
「その代わり、おれの持っていないものは、お前がおれに与えてくれ。」
プロポーズじみた言葉に、深い藍空、涙の代わりに星が落ちた。


手を繋いで滑った先、足元には真ん丸のお月様。
ちょんと伸ばした指先では摘むことは出来なくとも、側に広げたレジャーシートにふっくら丸いスコーンは温かで。湖が溶けてしまいそうなほど熱いお茶を水筒からカップに注げば、視線を絡めて微笑んだ。


星がちらりと降った瞬間、甘く熱いキスをして。




「ふたりでなら、きっと、」


そう、また満月を指先で撫でた。









2018.01.30
少し手を貸すふりをすれば、君はどこまでも進めるのに。





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