Not ZL



月葉


白い月に夜風が笑う。


さらりとした涼しい夏の夜。
汗で貼り付いた髪を掻き上げ窓辺の恋人を見やれば、紫煙を受ける薄い月が眩しくて。細めた瞳に向けられた視線は暗くて見えなくとも、きっととても甘ったるい。それでいて、首に残る歯形は赤黒く痛々しくて。そのアンバランスさに胸がじくじくと犯される。

「見ろ。今夜の月は・・・」
そう呟いて、先を考えるように葉巻をくわえた唇は、つい先程まで確かに自分の肌の上にあって。
「煙草葉みたいにぺらぺらだな。」
思い出したと言わんばかりに白い歯を見せ笑う、その表情が幼くて。先程までの鳴き声がまるで嘘のようだと愛おしさが増す。
仕事でもなく捕食でもない、この何とも形容しがたいぼんやりとしたこの時間は、まるで自分が自分でないように思われて。あまりにゆっくりと流れる静かな時間に、甘い恋しい人に、呑まれてしまいそうで。
「なァ、ルッチ。」
囁く声は煙ったくて、どこか気怠げで。また、利口でない頭で考えて、次の言葉に戸惑いを見せる。
「月の煙草は美味いだろうな。」
何かを誤魔化すように告げる指先は震えていて、
「隠さず話せ。」
なんて、言う価値を見いだせなくて声に出さずに呟いた。

恋人の中に感じる違和感を、自分自身で塞ぎ込んで。一人で悩んで、それに苦しむ。一日中、傍にいて、話さなくともきっと何か不信感を抱いていて。でも、まだ確証が持てないからと攻めることはできなくて。
そんな思考は全て手に取るようにわかるのに、噛みついてこない相手にどうしようもなく。いっそ、お前は何か企んでいるんだろうと、いつもの煩い声で喚くなら、その首に噛みちぎってやれるのに。まるで火のついた炭のようにくすぶり続ける今が、なんとも居心地悪くて。

「・・・ルッチ。」
葉巻を灰皿に置いて、近付いてきた恋人の手首を掴んでベッドに倒す。見下ろした瞳は、宝石のように煌めいて純真で。嗚呼、どうして出会ってしまったのだろう、とふと息が漏れた。
眩しくて真っ直ぐなこの人物は、自分にはあまりに不釣り合いで。出会わなければ、なんて、考える前に温かな口元が重なって、苦みのある唾液に牙を剥いた。




そんな、いつかの新月を思わせる涼しすぎる夜風に、懐かしい波の匂いが鼻先を擽る。
近くに訪れたついでに顔でもみてやろうと立ち寄った、船大工の街。白いコートは闇夜には明るすぎて、自分がまるで異質のものの様。
見慣れていたはずの恋人の部屋、窓の脇の外壁に背を預ければ、ベッドに腰掛ける影が見えて。眠れていないのか、あの瞬いていたはずの瞳に濁りが見える。疲れから漏れたらしい吐息に、緩められたネクタイ。
夢見る子供のように純粋すぎる、あの表情はここにはないのに。それでいて、今の姿すら愛おしくて。口の中、唾液が溢れる。
ふと、窓に向いた視線がふわりと開いて、
「今夜の月は、」
あの夜聞いた柔らかな声と、自身の正体に驚きを見せたパウリーの表情が重なって、
「暗闇でみるあいつの瞳にそっくりだ。」
甘ったるい声に、背筋がぞくりと熱くなる。
迫り上がる興奮に、単純で愛おしい存在の、次の言葉を聞きたくなくて、聞きたくて。ポケットに忍ばせてきた葉巻にそっと触れる。
まるでそこに何かをみているように、潤んだ瞳が眩しくて、苦しくて。抱き締めて、キスをして、噛み殺してしまいたくて。


静かな寝息を聞きながら、バカな恋人の頬を撫でる。
あれだけ傍にいて、本気で自分のことを疑いもしていなかった、あまりに透明な人に口付けする事すら躊躇われて。
用意していた葉巻きを火もつけずにくわえれば、ぼんやり昔のあの言葉を思い出して。
「月の煙草、か。」
ぽつりと漏らして窓辺においたそれは、月桂樹の葉を混ぜ込んだ一本の思い出。


新月に向かって囁いた言葉は、あまりに甘くて、あまりに切なく。嗚呼、なぜ、出会ってしまったのだろう。そう、また息を零した。




月桂樹の香りに思い出すのは、最後に聞いた呪いの言葉。イエスと言うべき声を出すことすら叶わなくて、溢れた真珠に瞳を閉じた。


「なァ、ルッチ。おれは、お前に愛されてるか?」











2017.08.21
月の葉に火をつけて、貴方とふたり無理心中。




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