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死者のワルツとカサブランカ


黒い人波に、揺れる肩。
純白の棺の中には溢れる百合の花。


シルクハットに顔を隠し、厳かに進む式の中、ゆっくりと愛した人の元へと進む。
通路側に座っていた懐かしい面々が、まるで嘘だろうというように瞳を上げて、小さな声で自身の名を呼ぶ。
「お袋さんの調子はよくなったのか?」
「いや、2年前に危篤状態だったんだろ?」
なんて、昔の恋人が話した言い訳だろうか、何も知らない元仕事仲間が騒めき立つ。

「おい!お前!よくも今更!」
そう声を荒げたタイルストンを、抑えながら此方に向けられたルルの視線はサングラス越しには読めなくて。
「…よく、きたな。」
低く告げられたアイスバーグの言葉は、皮肉かそれとも本心か。

足を止める程の価値もない言葉に視線を棺に戻せば、ウエディングかと思える程に、透き通る白い棺の中、咲き乱れるカサブランカ。
誰の希望か、着せられた死装束は、想い出のままの空色のジャケット。
丁寧に整えられた金髪を見つめて、シルクの手袋を嵌めた指先で、胸元に納められた目当ての物を手にとって眺める。
普段、葉巻を吸うために愛用していたそれは、つい先程まで使っていたかのように紫煙の匂いを纏っていて。甘い時間の後、窓際で濁った息を吐き、微笑む恋人の姿が脳裏を過ぎる。
その手でシルクハットを脱いで胸に当てれば、煩わしい髪を耳にかけ、そっと乾いた唇に口元を寄せる。

いつか人は死ぬ。それは誰もが知っていることで、過度に泣き喚く程のことではない、自然の摂理。
そんな当たり前の経過に胸を痛めるわけもなく、ただ、愛した人の最後の顔を見たいと願って。土に埋もれるその前に、最期の口付けは自分がと。

ぴとり、合わさった唇は死人にしては熱すぎて。
手元から落ちたシルクハットに、目を見開き身体を離そうとすれば、ぐっと首筋を引き寄せる死者の腕。
「愛してる、なんて伝えにきたのか?」
そう、にやりと笑った恋人の瞳があまりに美しくて。
「お前はクビだと言っただろ。」
腰に巻き付けられたロープに、強引に後ろに跳ねれば、喪服を脱ぎ捨て腕を捲る船大工達。

「お前は死んだと思ってた。」
棺から起き上がる恋人はあまりに美しくて、体温を下げるためか、はたまた死人の真似事か、ドライアイスの敷かれたそこからふわりと冷気が上がる。
百合の花がぱたぱたと床に散れば、見つめ合う、死んだはずのふたり。
「生きてると聞いて、殴りたくなった。」
腰の拘束をそのままに話を聞いてやれば、パシリと伸びた投げ縄に形見を奪われて。
「だから、誘い込んだんだ。この島に。」
教会の中、誓いの言葉のように響く、恋しい声。
純白のカサブランカに、向かい合う狂おしいほど愛しい人。

火をつけた葉巻に視線をやれば、やけに赤い唇が目について。嗚呼、また上書きしなければと吐息が漏れる。
余裕を見せる相手に、腰のロープを勢いよく引き寄せ腰を抱けば、驚いたようによろめいた身体に、にやりと笑う瞳。

「職人のナワバリにようこそ。」

他人行儀に告げられた言葉にロープを切って、後ろへと跳ぶ。
深く吐いた息は憐れみか、歓喜か、興奮か。


嗚呼、なんて楽しい死者のワルツ。








2017.08.18
狸寝入りのお供には、白く清いカサブランカ。





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