Not ZL



真昼と猫


目の前の優しい瞳に、ぴとりと触れた唇が冷たくて。
欲するように熱い舌をそっと伸ばした。


ぎらぎらと照りつける太陽に、木材に線を引く額には汗が浮かんで、目の前の図面がぐらりと揺らぐ。
肩に掛けたタオルで顔を拭うも、違和感のある気怠さにぐったりと身体が重くなれば、作業確認にと呼ばれた自分の名前に慌てて振り向いて。
歪んだ視界に、突如ブラックアウトする思考。
「おい、大丈夫か!」
と誰かが叫ぶ声がして、傾いた肩が固い腕に支えられた感覚に、細く眩しい世界を瞬時見つめる。ふわりとした黒い髪に、太陽のように瞬く瞳。汗一筋も見えない肌は、さらりと涼しげで。力ない腕で身を寄せれば、そっと冷たい首筋に目元を擦る。日除けにと静かに被せられたハットに、片腕で抱えられた背中をとんとんと叩く手付きは優しくて。ゆっくりそっと思考が閉じた。

目覚めたのは明るい自身の寝室で。
ぼんやりと眺めた白い天井に、自身が倒れて運ばれた事実を知る。仕事中に暑さにやられた恥ずかしさで顔に熱が集まると同時に、先程までの作業の続きが気になって周りも気にせず身体を起こすも、とんと額が突かれて、またベッドに押し返される。
はっと指先の主を見やれば、髪を丸く纏めた恋人が居て。心配げな瞳が自分を映す。
「・・・ルッチ。」
恥ずかしさと少しの苛立ちで声を漏らせば、まっすぐな瞳が切なげに揺れて、言いたいことが喉から下がる。
いつの間にか着替えさせられた綺麗な衣服に、ベッドサイドに置かれた身体の汗を拭うのに使ったのだろう濡れタオル。チェックの枕に添えられるように置かれた氷入りの袋は、きっと自宅にあるもので即席で作ったのだろう。もうほとんどがただの水になっていて。
「心配かけたのは謝る。だから、行かせてくれ。」
職人同士、不本意に中断した作業が気にかかることは承知だろうと告げるも、恋人は無言のまま許してはくれなくて。
「今回はちゃんと体調管理できなかったおれのミスだ。だが、客も船も待っちゃくれない。それくらい、お前もわかるだろ。」
ゆっくりと起こした身体に、そっと立ち上がった恋人の手には冷蔵庫から出されたボトルがあって。見慣れないそれは、きっと物少ない冷蔵庫の中身を知って、帰宅途中にでも購入したのだろうもので。差し出されたそれに、自然と手が伸びる。
途端、抱きしめられた身体に背中に回らされた腕。高い鼻筋が首元に当たるのがわかれば、それほどまでに心配させたのか、と胸がきゅうと締め付けられて。
「ルッチ。」
小さく甘い声で囁けば、ざっくりと纏められた髪を乱すように撫でて、冷たいとすら感じる肩口に唇を押しつけた。
「大丈夫だ。もう、心配ない。」
未だぼんやりとする思考はきっと寝起きだからだろうと目を瞑って、相手を安心させようと優しく呟く。
ぎゅうぎゅうと強まる腕に、角度を変えてキスを始めた首筋の口元。体温とは対照的に熱い吐息が子どものようで、どうしたものかと息が零れた。
一人では言葉を発せない相手に、鳩に代わるものを探し部屋を見渡せば、ベッドサイドをのろのろ歩く電伝虫が目について。ぐっと身体を伸ばして、ルッチに差し出す。
「ほら、こいつの声を聞かせてくれ。」
と不安を吐かせてやろうと腹話術をすすめるも、ボトルを持ったままの手がそれを拒んで。さらに体重が傾いて、身体が自然と密着する。
身体を起こしたことで、また戻ってきた疲労感に軽い目眩。背中に当てられた瓶には水滴が煌めいて、触れたシャツをひんやり濡らす。すでに支えるのがつらくなってきた腕で、相手の白い両頬を包むように離せば、瞳を合わせて掠れた声で唇を震わす。
「不安なのはわかったから。だから、何か飲ませてくれ。」
すでに白く霞み始めた視界に、背中がシーツに降ろされるのがわかって。安堵して見上げた先には、瓶に口を付ける恋人の姿。自力で飲める、と伸ばした手首が押さえ込まれて、液体を含んだ口元が唇に触れれば、強いアルコール臭が鼻先を満たす。
はっと目を見開いたって、抵抗する力はもう残ってはいなくて。強引に注ぎ込まれた濃い酒に、脳内がチカチカと警笛を鳴らす。
愛おしげに口内に伸びてきた冷たい舌を拒むことなど、溶けた脳ではできなくて。熱い体温を下げようと自らひんやりとした唾液を求める。白いタンクトップを握りしめて、自ら寄せた胸は荒い息遣いに合わせて上下して、泣きたくなるほど心地いい。
目の前でぱさりと落ちた一房の黒髪が美しくて、その先で光る宝石のような瞳に射られれば、もうすでにドックのことは頭の中から抜け落ちていて。


熱い真昼の真ん中で、白いカーテンがさらりと揺れた。
ぎらつく視線をそっと隠して。








2017.07.01
にやりと笑った綺麗な猫は、優しい振りして爪を出す。






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