Not ZL



声を枯らした鎮魂歌


ゆらりと揺れる視界に、眩しいネオン。
低く優しい声は記憶の中にあってはいけないはずなのに。


ふらりと絡まる自身の足に、次の店を探して視線を上げれば、
「大丈夫か?」
と耳元に響く苦笑に、どこかで聞いた声。
やっとのことで落ち着いた仕事に、ふと胸に溜まった記憶が苦しくて、ひとり飲み歩く深夜2時。
馴れたように引かれた腕に寄せられる肩が、何故か異様に居心地よくて、まるで夢の中のようだと小さく笑った。
「この状態なら、明日は記憶すらないだろうな。」
甘ったるい声が頭に響けば前触れもなく抱き上げられて、暗い路地に隠されて。
ぼんやりとした視線を向ければ、シルクハットの陰にあの愛おしい瞳があって。
「・・・ルッチ。」
呼んではいけない名前が漏れた。

同僚だと思って過ごした長い時間。仕事にまっすぐな姿に引かれて、身体を重ねた虚無の時。
ずっと傍にいたはずの恋人は、気づけば冷たい表情で自分を見下ろしていて。燃える建物の中、腕を伸ばしたって届きやしなくて。何度、忘れようとしたことか。
きっともうこの世にはいないだろうと信じてきた数ヶ月を消し去るように、温かな手の平は頬を撫でて、聞きたくもない声が甘ったるく名前を呼ぶ。
「パウリー。」
いつもは肩に居るはずのハットリは居なくて、普段着ていた作業着とは似付かない真っ白なスーツが、酔いの回った視界に眩しすぎて。気分が悪いと固い首筋に鼻筋を擦り着ければ、大きな手の平が背中を撫でる。
いっそ、その指先から爪を出して引き裂いてくれればいいのに。酒に溺れて乱れた首元を噛み切ってくれればいいのに。そう考えて、熱くなった目尻に顔を隠す。
どんな事情があろうと、それがまた任務のための接触だとしたって、こうして会いに来た相手が愛おしくて恋しくて。甘すぎる自分に苦笑する。
「会いたく、なかった。」
そうぽつりと嘘付いたって、こんなに密着した身体から心音は伝わっているはずで。
「お前なんて、死んじまった方が、よかった。」
自分の拍だけがやけに煩くて、とくりとも聞こえない相手の心臓に手の平を当てれば、
「なんで、きたんだ。」
掠れた声が路地の空気に溶けた。

腹が立つほど整った表情に、柔らかな黒髪が夜風に踊れば、少し強引に頬を両手で包まれて、コテンと額が重なって。
「お前におれは必要ないか?」
なんて、あまりに狡い言葉が心をきゅうと締め付けた。
儚げに揺れる瞳に、固く結ばれた昔のままの唇が、楽しかったあの頃を思い出させて。突き放そうにもうまくいかなくて。だからといって手を取るわけにもいかなくて。
次いで開いた口元に、次の言葉を聞きたくなくて。高そうなネクタイをひっつかんで背伸びして、

ぴとり、唇で言葉を塞き止める。

驚いたように瞬時開いた瞳に無理して笑えば、
「おれの恋人に声はいらない。」
そう告げて。ぎらりと細まった瞳に気付かぬふりをして、どちらともなく、また、深く噛みつくように唇を重ねた。




全てはアルコールの見せた夢。
朝日に照らされた首元には絆創膏。

嗚呼、鬱血痕が消えぬ間に、もう一度。


なんて。








2017.05.10
その声を聞く度に、全てが嘘に思えるの。



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