まな板の上の恋
そっと触れた指先が震えて。
ほろりと大粒の涙が落ちた。
風呂上がりの熱い肌は、想像した以上に柔らかで、ふわり夢のように指を沈める。ぽたぽたと滴る濡れたままの黒髪を、ふかふかのタオルで撫でれば、くすりと甘い息が洩れて。
揺れた長い睫毛に、苦しいほどに心がきゅうっと掴まれた。
「ロメ男、寒いのか?」
なんて、真ん丸な瞳に自分が映れば、自分自身が邪魔だとすら感じて。こんなに美しい宝石の中、お前が居てどうするんだ、なんて漆黒の鏡に映る自分に毒づいた。
尊すぎる存在に触れた腕の震えが止まらなくて、そっとその手を包む体温に視界がぼやけて。
「具合悪いなら、チョッパーに診てもらおう。」
そう呟く、さくらんぼうのような唇に眩暈がして、くらりと思考が揺れる。
「ルフィ先輩!」
と、勢いで掴んだ肩が細くて、自分より数回り小さい身体を再認識して。鼓動が更に煩く響く。
「今夜は・・・!」
そうゴクンと唾を飲み込めば、愛しい人の背中がふわりとベッドに倒れて。
心配げに見つめた視線にくすり笑われた。
「ロメ男の好きにしていいぞ。」
その声が愛おしくて、シーツに沈んだ身体から伸びる腕に導かれて。ゆっくりと身体を被せれば、
「ちょっと待て。」
なんて、抱きしめる前に制されて。犬のように、じっと整った顔を見つめれば、さらりと伸びた白い手の平に頬を包まれて、
ぴとり、額が重なった。
柔らかな睫毛が瞼を擽り、そっと吐く息が肌を滑る。
艶めく唇は、触れてしまいそうなほど近くて。
「顔赤いけど、熱がないなら大丈夫だな!」
なんて、此方の胸の内とは無関係に煌めく声が眩しくて。
ぽろり、涙が零れる。
細く、それでいて頼もしい身体を抱きしめれば、密着した肌が燃えるように熱くなって。耳元に感じる柔らかな吐息さえ、麻薬のように思考を乱す。
洗い立てのシーツの香りも、手触りすらも平坦に感じて。
ただただ、腕の中の愛しい存在を確認する。
「今夜は、お前のすきにしていいぞ。」
なんて、シャワー前に伝えられた言葉の衝撃が今でも抜けなくて。
唇を合わせることすら、ままならない。
自由なはずの両腕が、うまく動かせなくて。
涙で歪んだ視界では、あの愛らしい表情すら見えなくて。
不甲斐ない自分に嫌気がさす。
くすくすと笑う温かい声は、決してからかいなんかではなくて。
そっと、掻き上げられた前髪に、額に触れる優しい体温。
ちゅうと目尻に口付けられれば、涙を吸われて。
「おれ、キスしたいな。」
なんて、
独り言に見せかけた道しるべが甘い空気に溶けた。
2016.09.24
さぁ、どちらがまな板の上の鯉?
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