Not ZL



狼と子山羊


そっと丸まった小さな身体に、愛おしい体温。
静かに撫でた黒髪が、ふわりと揺れた。


ふたりきりの夜中のキッチン。
夜食にと作ったスープを啜る、幸せそうな笑顔をみれば、此方まで笑みが溢れて。
「…ウソップ。」
と名前を呼ぶ声に甘みを加えて、するりと腰に腕を回す。
慌ててカップをテーブルに置いた様子を見れば、これから先をきちんと理解しているらしい。
さらりと綺麗な頬に両手をそえて、また低い声で名前を呼べば、ぴくりと可愛く跳ねる細い肩。
波の音に満ちた船内は、クルーのいびきさえ遠く聞こえて、まるで世界にふたりきり。
するすると滑らせた手で相手の脇腹に触れて、強請る様に温かな唇を舐めれば。

「今は、だめ、だ。」
なんて、泣きそうな声で拒絶されて。

ふたりきりの室内、邪魔する者はいないこの空間で駄目なら、いったいどこでならいいと言うのだろう。
そう考えながらも真っ赤になった頬を撫でて、これ以上はしないと、優しく髪を梳いた。
「ごめんな。こわかったか?」
そう尋ねれば、ぶんぶんと首を横に振る恋人が堪らなく愛しくて、持て余した欲望さえどうでもよくなってしまう。

抱き締めて、背中をぽんぽんと撫でれば、
「サンジは、やさし、すぎるから。」
と小さな言葉が聞こえて。
「だから、おれが、だめになっちまう。」
きゅうっとシャツを握りしめた手が震えて、

ぽろり、涙が落ちた。

泣き疲れたらしい恋人をベッドに運べば、甲板の上、そっと月に紫煙を吐いた。
甘えたがりで、それでいて泣き虫な愛しい愛しい人を思えば、煙草の火を消し、苦笑する。




「おはよう!」
とキッチンに入るなり元気よく声を上げる姿は、いつも通り。
泣き腫らした目元は、ほんのちょっぴり赤いけれど、今朝はそんなこと触れてやらない。
「朝飯はタマゴか!」
そう、肩に回された腕をするりと避けて、
「邪魔だ。」
と冷たく囁けば、少し離れた位置に座る船医に皿を運ぶよう、優しく伝える。
はっとしたように表情を崩した恋人の前を通り過ぎれば、麗しいレディに声をかけて。
誰も気づかない程度に行動パターンを変えて、たった1人を誘い込む。

「片付け、手伝ってやってもいいぞ!」
不安を拭うように告げた言葉を断って、
「おやつの味見、してやろうか?」
遠慮がちに呟く声には聞こえないふりをして。

「サンジ、あの、さ。」
用もないのに、ちょんと服の裾を摘まむ指先が震えているのがわかれば、
「昨日と同じ時間、キッチンにこい。」
それだけ伝えて、拒絶するように身体を離した。


大切な大切な愛しい人は、甘ったるいのが苦手なようで。
優しく愛せば愛すほど、自らを追いつめてしまうらしい。
向き合いたいのに逃げ道を探して、顔を背けて泣いてしまう。
それならば、と敢えて突き放してみたけれど、この作戦はいまいち効果がなかったらしい。少しの意地悪に「こっちをむいて」とむくれると思ったが、照れ屋の恋人にはそれすら難しかったようで。




ぽつぽつと鳴る雨に、少し強くなった風音が、ひとつの部屋を取り囲んで。外の世界を遮断する。
とんとんと野菜を切って、鍋の中に具材を流し込めば、静かに静かに扉の開く音がして。
かちりとコンロの火を止めて、ネタばらしをしようとふわりと振り返れば、

「おれ、サンジのこと、だいすき、だから。」

なんて、承知の事実を告げられて、ぎゅうっと強く抱き締められた。
驚いて目を見開けば、ぴとりと唇が重なって、ぽろぽろ大粒の涙が足元に落ちて。


「別れるなんて、ぜったい、いやだ…!」


そう、また、甘い唇が繋がった。

ひくひくと嗚咽を漏らす背中をとんとんと叩いて。しがみつく身体をそのままに、椅子に腰掛ければ、軽い身体を膝に乗せる。
「なぁ、ウソップ。」
と声を掛ける度に、ありもしないお別れの言葉を遮るように口付けられて。まともに説明すらさせてくれない。

ちゅっと啄むだけのキスを繰り返して。
抵抗できないようにと、指まで絡ませ両手を拘束されて。
逃げられないように腰に回された脚に、どうしようもなく愛おしさが込み上げて。

合わさった唇に舌を捻じ込んで、深く熱く、唾液を絡めた。
逃げようとする身体を崖っぷちまで追い込んで、上身を倒したまま、柔らかな味覚器官を甘噛んでやる。
緩んだ指枷から解いた手を伸ばして、ぐらりと倒れ掛かる身体を支えれば、愛しい人の腕が首裏に回されて、自然に口付けが深くなる。


甘ったるい吐息に、銀色の糸を溢しながら顔を離せば、ふやけた表情が心を掴んで。
ぼんやりとした目元に親指を滑らせれば、


「ずっと、傍にいてくれ。」

なんて、また、


ぽとり、


真珠が落ちた。




魔法にかかったふりをして、狼の皮を被った優しい羊が哀しげに笑う。

嗚呼、嗚呼、なんて愛おしい。




キッチンを覗く丸窓の中、
ふたつの影がひとつになった。








2016.09.21
君を食べるまでのカウントダウンはまだお預け。




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