Not ZL



臆病メリーゴーランド


カランと缶が倒れる音に、煩いくらいに鳴らされるベルの音。
ふんわりとしたテディベアの首元には、ひらりと揺れる黄色のリボン。


夏の終わりのまだ蒸し暑い空気の中、ふたり並んで歩く。
先程、楽しんだアトラクションのせいで頭からぐっしょりと濡れてはいるが、それでも心は弾む。今日はふたりきりの遊園地デート。

「次はどこに行きたい?」
と優しく尋ねるサンジの声は、女性に向けるまでとは言わないが、どことなく普段より甘くて。
「ここなんか、いいんじゃねェか!」
と返す声まで明るく舞った。

絶叫マシーンの長い列に並べば、たくさんの女性が抱く大きなぬいぐるみが目について。
「なんだ、あれ、欲しいのか?」
なんて、そっと綺麗な手が、まだ湿った黒髪を撫でた。
「別に、欲しい、とかじゃないけど。」
とぽつりと漏れた言葉の先が、喉につっかかって苦しくて、真っ直ぐにアイロンされたであろうシャツの裾を、キュウッと握った。
サンジが自分に甘いことも、自分を否定しないことも知っている。だけど、だからこそ、自分は我儘過ぎるんじゃないかと、時々、無性に恐くなる。ただ一言、「今日の思い出がほしい。」そう言えればいいだけなのに。
ぼんやりとした思考にはお構いなしに不定期に進む人混みに、何か話さなきゃ、と顔を上げれば、ふわりと横顔を隠すように温かな手の平に包まれて。


ぴとり、静かに口付けられた。


「喉に詰まったもん、取れたか?」
そう優しく笑われて、トントンと胸元を撫でられれば、悪態すら返せなくて泣きたくなる。
「…馬鹿。」
と小さく返せば、体温を分けるように抱き寄せられて
「じゃあ、続きを聞かせてくれ。」
なんて、この優しすぎる悪魔は見透かしたように囁くのだ。


愛らしいディスプレイの並ぶストアに着けば、先程のもやもやした気持ちは幾分か晴れていて。
「ほら、これだろ。」
と片手で抱かれたぬいぐるみを差し出す恋人に小さな笑みが漏れた。
そのテーマパークのマスコットは、女性が喜ぶだろう柔らかさに丸みを帯びたフォルムが愛らしい。
「おれは、別にこいつが欲しいわけじゃないからな!」
とふざけるように告げた視線は、お揃いアクセサリーが並ぶガラス棚。
「せっかくだし、お揃いのもん、買おうぜ!」
なんて、昨晩、何度も練習したはずの言葉が出なくて。
「そうか。じゃあ戻してくる。」
そう告げる背中に声が掛けられなくて。

少しの勇気を出して指差した小さなキーホルダーには、揺れるテディベア。
みんな同じ顔のくせに、首元に着いたリボンはご丁寧にも4種類。
「これが、いい。」
相手の手を、強く握って伝えれば、
「どの色がいい?」
と屈む紳士。

青いリボンのくまを選べば、一番整った顔の持ち主を探す。
「よし、これだ!」
そう、摘まんで見せたそれを受け取った恋人は「次はお前のも選ぼう!」という隙も与えず、さらり、当然のようにレジに向かう。


がま口カバンに揺れるテディベアは独り寂しげで、暗くなり始めた園内に灯るライトさえ、少し暗く思えた。
「なんだ、やっぱりぬいぐるみがよかったか?」
そう、心配げに背中をさするサンジの手が愛しくて、臆病な自分が嫌で、
「疲れただけだ。」
と嘘吹いてみる。


カラン。


その瞬間、大きなベルの音が響いて。
「1等賞!おめでとうございます!」
明るいキャストの声が響いた。

パッと目に入ったワゴンには「射的」の文字。
近付いてみてみれば、缶を倒した数で好きな商品がもらえるらしい。
棚に並ぶのは、光る剣に水鉄砲、愛らしいビーズのブレスレットに、黄色いリボンのついた大きなテディベア。

「これ、やりたい!」
いつになく力の入った声に、くすりと温かな笑みが零れる。
「もちろん、どうぞ。」
からかった口調すら恋しくて、名残惜しげに繋いでいた手を離す。


手の平は少し汗ばんではいるものの、余裕ある球数に心が躍れば、躊躇うことなくライフルの引き金を引いた。

ポンッ!
という空気音に、缶の崩れる音が響く。
「…おめでとうございます!」
あまりの呆気なさに、驚いたのか少し遅れてベルが鳴る。


大きなベアを抱えてワゴンを離れれば、空いたベンチに腰掛けて
「これ…」
とぬいぐるみを相手に押し付けて。
「おれ、家に置く場所ないし!サンジの部屋なら、おいても、おかしくない、し!」
一番言いたい言葉を背中に隠して
「ベッド、とかさ!いいんじゃねェ、かな。広いし…!」
真っ赤な顔は伏せたまま、恥ずかしいほど必死に喋る。
「それに、」
先程、買ったキーホルダーをぎゅっと握れば。


「お前のそれと、お揃いだな。」
甘い声がふわりと響いた。


相手の言葉につられて、顔を上げれば、
「で、ベッドってのは、お誘いだと取っても?」
なんて、ふざけて笑う恋人がいて。


「明日の朝はパンがいい。」
そう、少しだけ素直に呟いた。




君がすきだ、と告げるまで、
あともう少し、時間を頂戴。








2016.09.19
カバンの中に潜んだ黄色いリボンのキーホルダーは、いったいどこに隠そうか?
#サンウソ深夜の一時間らくがき大会「遊園地」






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