Book



声を失くした人魚


ふわりと吹いた春風が、髪を揺らして。
嗚呼、なんて美しいのだろう。
そう、思った。


昨日、口にした果実のせいで声が出なくなったというのに、心配するでもなくいつもと変わらず過ごす愛しい人。
「まぁ、チョッパーに聞けば、明日には治るらしいし、心配ないだろ。」
と柔らかな髪を梳いてやれば、首筋に擦り寄る頬が温かで。

パクパクと動く唇は元気が良くて、聞こえるはずのない愛らしい声が聞こえる気がして、
「わかったから、黙って遊んで来い。」
なんて、不思議な心地で呟いた。

ぱたぱたという足音がやめば、少し遠くに見える船長の背中。
サニーの頭の上で、声無き歌を幸せそうに歌う様が滑稽で、それでいて美しくて。

肌寒いほどに吹いている春風が、小さな身体を揺らしても、ルフィは歌うのを止めはしない。白い肌に、時折立つ水しぶき。
決して、海は静かでないのに、まるで世界が無音のようで。
ふと、空を見上げた瞳が泣いているように見えて、開いた赤い唇から目が離せなくなった。

船首に座るひとつの影が、まるで御伽話の人魚のようで。


ザパンと大きく耳に響いた波音に、背中を押されるように駆け出せば、長い階段を駆け上がり、空気に冷えた小さな肩を抱き締めた。
驚いたようにパッと見開いた黒い宝石がきらりと瞬けば、バランスを崩したふたりの身体が水面へと傾いて。

とぷん、海へと落ちた。


青すぎるほどに青い世界に2人きり。
キラキラと揺らめく天を見上げて、楽しげに笑う恋人が、
「…ゾロ。」
なんて、腕を伸ばして、声を含まぬ気泡を吐く。

無数の泡を纏って、海の底へゆっくりと落ちていく、その光景が尊いほどに綺麗で。
不謹慎にも、酸素なしでは生きていけない自らを嘆いた。


細い腕を引いて、ふたりで顔を出した海面は、世界の境界線のようで。
「ただいま。」
そう、唇を動かすルフィの言葉が不思議と自然に感じた。

「お前が消えてしまいそうで、堪らない気持ちになった。」
なんて、正直に言葉には出来ないけれど。
「手が滑った。」
その一言に
「ゾロは、ぶきよーだな!」
そう笑うルフィはどこまで見抜いているのだろう。


相手の濡れた前髪を掻き上げて、そっと塩辛い唇を舐めれば、クスリと笑いが漏れて。
揺れる睫毛に瞳を閉じれば、どちらともなく深い深いキスをした。




泡になって消えるくらいなら、海の中、共に歌おう。








2016.04.30






Back



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -