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虹の根元



あの日から、ずっとずっと。


雨の音がする。ベッドにどかりと寝ころべば、しとしとと屋根に雨粒が当たる音が心地いい。
それでいて、窓際で頬杖をつく小さな背中は不満げで、その姿に何故だか笑ってしまう。あれだけ、ひとりでいいと考えていたのに。今、目の前の相手の仕草ひとつで自分の心が動くのがわかる。
新たな島が見えて、喜んで上陸したのもつかの間。無事、宿屋にありつけた瞬間に降り出した雨。桃色の唇を尖らせた船長は子どもっぽくて、空模様に駄々をこねる。
「ゾロ〜、三等流で晴れにできねェのか〜。」
そう、むうっとする表情に、
「それなら、お前のパンチでどうにかすりゃあいいだろ。」
と返してやる。
じとりとこちらを恨めしそうに見つめた瞳がぱちんと閉じられれば、ふうっと諦めがついたように零れた吐息にぼふんとベッドに倒れ込んだ身体。
ぐるりとこちらを向いた相手と目線の高さが合えば、
「ゾロ、風呂、いつ入った?」
なんて、突拍子もない言葉が返ってきて。胸の奥がどきりと跳ねる。
「おれはなァ、けっこう入ってないんだよなァ。」
相手の真意がわからなくて、雲越しの明るさに満たされた部屋の中、相手の言葉を脳内で繰り返す。
「なァ、ゾロ?」
腕の上にのせられた柔らかな頬がふにゅりとつぶれて、丸い瞳に自分が映る。何かを期待するかのような、無性にこちらが従いたくなる、そんな視線。
どこかに捨ててきたはずだ、と思っていった欲が胸の奥でふつふつと熱を持てば、目を閉じて深く息を吐く。
出逢って、まだ数日。小船で過ごすこの短い時間の中で、相手のことをどれだけ知っただろう。
ぎしり、ベッドが鳴く。境界線であるはずのベッドの溝を乗り越えて、確かにシーツが沈んだ。
「ゾロ?」
閉じた瞼越しに、相手の顔が近づいたのがわかれば、ぎゅうっと胸の奥が痛くなる。
嗚呼、この感覚は何なんだろう。
「ゾロ、寝てないだろ?」
くすくすと笑ったその顔が愛おしくて、この目で見たくてたまらなくて。
意を決して開いた瞳に映った眩しいほどの笑顔に、
「ゾロ、行くぞ。」
そう腕を引かれて、駆け出した。

雨粒に濡れる。そんななんでもないことに、これほど心が揺れるのは何故だろう。
目の前で子どもみたいに笑う、この人が、これほどまでに愛おしいのはどうしてだろう。
「天然のシャワーだ!」
びしょ濡れになりながら、道路の真ん中で胸を張るルフィに呆れながらも笑ってしまえば、先程のベッドで感じた気恥ずかしい胸の高鳴りも、なぜだか透き通って煌めいて。
「馬鹿だな。」
そう、大声で笑ってしまう。
「宿に戻ったら、風呂はいるぞ。」
濡れた黒髪を掻き上げるようにして、グシャグシャと撫でやれば、
「雨の冒険のあとな!」
にいっと白い歯が覗く。


「ゾロ!」


とんと腹の上に座り込む軽い体重に、ゆっくり瞳を開けば
「雨やんだみたいだぞ。」
あの白い歯が見える。
「そうかよ。」
笑い返して細い肩を抱き締めれば、頬を手の平に包まれて、額に柔らかな唇が触れる。
「今日も探すだろ?」
腕を引かれて甲板に向かえば、淡く瞬く七色の大きな橋。
それはまるで、あの出逢ったばかりの雨の島でみた、想い出の虹のようで。
ふわりと見開かれた瞳に、煌めく夢。大きく息を吸い込む音が聞こえれば、
「ジンベエ!面舵いっぱいだー!」
両手を広げて叫ぶ明るい声。
「ちょっと、ルフィ!いきなり!」
航海士の驚いた声が聞こえるも、うきうきと跳ねる可愛い人の身体に堪えきれなくて。くくっと喉から声が漏れた。


「虹の根元には宝が埋まっているらしい。」
ぐっしょり濡れた身体で、雨上がりの空に浮かんだ虹を見て、ぽつりと呟いた。
あの時、おれは子どもじみた御伽噺を信じていた訳じゃない。ただ、口から零れた言葉は確かに目の前の人を喜ばせるのに充分で。もしかすると、雨が上がってもふたりでの冒険を終わらせたくないと、おれは無意識にも駄々をこねたかったのかもしれなかった。
あれから何度も虹をみたが、根本に辿り着けた試しがない。でも、きっとそれでいい。
見つかるまでは、ずっと。あの日の冒険は続くのだから。










2024.06.16
おれも大抵、我が儘なもんで。







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