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太陽の涙

(RED後の時間軸)


何かを失う辛さを知るのは、強くなる為なんかじゃなくて。


兄を失い、幼なじみも亡くした、その背中は小さくて。崩れてしまうんじゃないかと不安になった。
大きな声で泣いたり、叫んだりするわけではない。そうしてくれる方がわかりやすくていいのに。目の前の恋人は静かに海を眺めているだけ。知らない間に内側から朽ちてしまうんじゃないかと考えているおれをおいて、水平線の向こう、空の果てを夢見るように甲板の柵に腰掛け足を揺らす。
仲間と離れ過ごした2年間、何も失いたくないと願い積み上げてきたはずの力を前に、亡くしたものは確かに大きいはずで。なのに、太陽の高いうちは、まるで普段と変わらないように笑う。その姿にどう接するべきなのか悩まされているのは、きっとおれだけではなくて。
風呂から上がって湯冷ましがてらと甲板に出てから数時間。月夜に浮かんだ小さな影は変わらずそこにあって。ふたつの瓶を手に、少し離れた位置に腰を降ろせば静かに息を吐く。濡れていたはずの髪は潮風に撫でられ、既に乾いていて。遠くに聞こえる波音にゆっくりした船の動きはゆりかごのよう。
大事な人を亡くしたあの遠い日を思い出せば、月夜に交わした剣の重さを手の平に感じた気がして。瓶栓を開ければ、熱い酒を喉に流した。霞んでしまいそうな程、淡い記憶。なのに、だからこそ美しいような気さえして。今を悲しむこの人が、遠い未来で今日の日のことを美しいと思えるようになるまで、どうか傍で居たいと強く願う。

ちらちらと瞬いた星がいくつか流れれば、ふと柔らかな黒髪が揺れ、視線が上へと動く。背中を撫でるように振れた麦わら帽子を眺め、立ち上がれば、そっと近づいて水滴を纏った瓶をとんと柵に乗せる。
「飲むだろ。」
日が落ちても暑い、夏島気候の海域。相手の為にと持ってきた水を手渡せば、飲みかけの酒瓶を軽く掲げる。きょとんとした表情がゆっくりと弛めば、硝子と硝子がぶつかる軽い音が夜風に溶ける。
ごくごくと動く喉元と色づいた頬に、少しだけ安堵するも、長い睫毛が乾いていることが気にかかって、
「ルフィ。」
静かに名前を呼んでみる。
こちらに視線をやるその人が、普段の特等席である船首の上ではなく、船の側面であるここに腰掛けている心境さえ読めなくて。出逢った頃の恋人を思い出す。少し尖っていて、ストレートで、今とは違った固さがあって。どこか、不思議な心地がしたのだ。
ここまでくる間に、確かに船長は丸くなったと思う。仲間が増えるに従って、甘えることを覚えて笑顔も増えて。だが、本当に…
「ルフィ。」
涙のあとすらない柔らかな肌を親指で撫でれば、もう一度、名前を呼ぶ。
ふたりで揺られた小船の中、自分勝手に動いていたあの姿を想って、
「わがままでも、いいんだぞ。」
星屑が浮かんだ真っ黒な瞳に囁いてみる。きっと、これすら戯言だけれど。それでも、崩れそうな心に少しでも寄り添えたならと思い上がって。

「ゾロ。」
ごとりと落ちた瓶から零れた水が芝に広がる。
「・・・ゾロ。」
先程より甘さを帯びた声が響けば、両腕が伸びてきて背中に回る。胸元にぎゅうっと押しつけられた頭に、そっと鼻先を埋めてやればいつもとは違い海の匂いがする。
「今は、わがままに、なりたくねェ。」
小さく呟かれた言葉に、苦しみを感じて。でも表情を確認することもできなくて。ただただ、そっと抱き締める。
「そうか。」
それでいいぞ、と伝えてしまえば、今の行為すらわがままだと認めてしまう気がして、相手の言葉を待つ。
「今は閉じこめておきたいんだ。なのに、なにかが、じゃまをする。」
瞬時、ぶわりとふたりを包んだ白い霧は現実なのか、幻か。
進化してきた。確かに、おれたちは変わり続けてきた。その中で、腕の中の愛しい人も、その中に宿る悪魔も、確かに変わってきているはずで。大きな変化に呑み込まれてしまいそうなのだ、と理解する。崩れそうな心の透き間、普段なら手を取り合って走っているはずの能力が、今は宿主の気持ちを理解せずに口元をニヤリと歪ませようとする。
柵の上に立てるように置かれた酒瓶を芝に降ろせば、相手の背中にかかる麦わら帽子をそっと取って、瓶にかける。背中に爪を立てるように食い込んだ指の感覚に、相手の身体を抱えるように持ち上げる。自然と腰に回された足に、震える肩は笑いを堪えているようにも見えて、とんとんと背中を撫でてやる。
「おれは、」
よっと足に力を込めて欄干に立てば、
「最期までお前の傍にいてやるから。」
すうっと息を吸い込んで、
「力、抜いとけ。」
どぷんとふたりで夜に落ちた。


驚いたように見開かれた瞳がこちらを見上げて、明るい月明かりに白い顔がよく見える。脱力し弛んだ腕の力を感じれば、こちらからそっと抱き締めなおしてやる。
海に落ちる、その瞬間。確かに、いつもひとりきり。暗い海底に手招かれるままに落ちていくその時間は、身体に宿った悪魔すら姿を消して。ただ孤独が支配する。
小船に揺られた遠い日に告げられた、なんでもないような言葉。
「海に落ちると、引き上げてもらうまでひとりなんだ。」
尖らせた唇に、おれは「当たり前だろ。」とでも返したんだっただろうか。
ふくふくと沸き上がる泡の中、重くなった身体を引き寄せて、何故か泣きそうな恋人にキスをする。
制御できないような感情が襲い来るなら助けてやるし、ひとりが嫌ならついててやる。
ゆっくりと首に回された腕に、もう一度、角度を変えて口付ければ、ぐっと両足に力を込めて海面へと向かう。ぷはっと息を吸い込む音が耳の傍で聞こえれば、小さく咳込む相手の背中を優しく叩いてやる。
額に貼り付いた前髪を掻き上げて、
「どうだ、安心できたかよ。」
そう笑ってやれば、大きな瞳がゆらりと揺れて。

「もう少し。」
甘えた声が月夜に消えた。









2023.08.20
どんな夜にも、月は笑う。







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