Book



世界一

(現パロZL)


おれの同居人は一途である。


きらきらさせた視線の先にある物は何かなんて、見なくてもわかる。
「ゾロー!」
甘い声で伸ばした腕の先にあるのは、緑色のパッケージ。
自分と同じ名をしたそのキャラクターのグッズに幸せそうに微笑んでいる同居人の名前「ルフィ」も、手にしたキャラクターの仲間と一文字違わず等しくて。偶然ってのもあるものなんだな、とぼんやりと赤いパッケージに手を伸ばす。
「なんだ、ゾロも買うのか?」
同じ商品を数点買い物かごに入れた相手から尋ねられれば、箱の中、ポーズを決めたそれと目の前の人がそっくりなことを再確認して、少し悩んで
「そうだな。」
とレジに向かう。

正直に言おう。おれは出会った頃から、同居人に惚れている。
柔らかな黒髪も、幼さの残る丸い瞳も、するりとした肌も、全てが愛おしい。明るい性格に、まっすぐな言葉、何より、初対面から何故か感じた懐かしさが心地よくて、今まで足りなかった1ピースがかちりとはまった気がしたのだ。
「ゾロ!」
おれを呼ぶ声が恋しくて、出逢って数回目で同居希望を申し出た。それをあっさり受けてしまうのが、なんともルフィらしくて笑ってしまうが。
とにもかくにも、始まった同居生活。このまま、全てがうまくいくはずだったのだが、ひとつだけの大きな誤算。おれが惹かれている同居人は超がつくほどのアニメファンだったのだ。

モノトーン基調だったはずの室内は、同居人の影響で緑と赤に浸食され始めていて。なのに、棚上に飾ったポストカードを見る度、幸せそうに頬を赤らめるルフィに、満足してしまう自分もいて。
「ゾロ。」
同姓同名のキャラクターと自分、どちらが呼ばれたのかは声を聞けばわかる。思い上がりだと言われようと、確かにルフィがおれを呼ぶとき、ふわりと柔らかさを纏うのだ。
「箱、一緒にあけるだろ?」
にっと笑いかけられれば、逆らえなくて。でも、その理不尽な拘束性に依存しそうになる。
買ってきた食品を冷蔵庫に手早く押し込んで、ソファに並んで腰掛ければ、すぐ傍にきこえる小さな息づかいにドキドキして。
手にした赤色のボックスは、自分の為ではなく愛しい人と感動を分かつために買ったもの。なのに、最近は隣に腰掛けた同居人そっくりなこのキャラクターに愛着すらわいてきていて。
ぺりぺりと包装を開けて出てきたキーホルダーを目線まで上げてみる。とたんに、その先に現れたまん丸の瞳にピントが合って。
「どうだ?」
にまにまとした表情につられて笑えば、
「なかなか、かわいいな。」
揺れるデフォルメされたマスコットに、そっくりな煌めく笑顔。
手元に置かれた緑髪のキーホルダーを見つめながら、
「これ、初めて主人公と戦ったときのポーズだよな!ほら、この目の色がいい感じだ!」
うきうきと明るい声が部屋に響く。何度も回転させては細部まで見回して、とろけたようにこちらの肩に身体を預けてくる。これはもしやいい雰囲気なのでは、と考えたところで
「やっぱり、ゾロ、すきだァ。」
なんて、おれ宛ではないおれの名前が呼ばれる。
「これ、どこにつける?」
ぱっと見上げてくる瞬く瞳に、むっとした表情を悟られないように逸らせた視線の先、捉えたのは数日前から準備していた小さな鞄。ゾロもハマってるなら、と誘われたテーマパークでのコラボショー。そのために準備された鞄には、確かにこのキーホルダーは相応しくて。
並べて置かれた鞄の隙間、ふたつのマスコットが仲良く身を寄せる。お前にルフィは渡さないからな、とじーっと念を送っている時点で、なんだか負けを認めているような気がして、そっと立ち上がってソファに戻る。
「来週、楽しみだな!」
そう笑う可愛い人に絆されて、幸せだなと頷いた。


台風の去った晴天。テーマパーク日和の空に負けないほどの可愛い笑顔。
「なァ、先にグッズみていいか?」
嬉しくてたまらないのだろうことがわかる足取りの軽さに、楽しみにしていた分、溢れ出す興奮。
「まずコラボショップに寄って、ショーの座席チケットを引き替えるだろ?その後、コラボドリンクを飲んで、レストランでコラボメニュー食べて、写真も撮って、」
それでも一緒にきたおれを放って行かないようにしようという精いっぱいの我慢でおれの腕にぎゅうっと抱きついて歩く様が愛おしくて、今後の予定などどうでもよくなる。
相手の言葉に相づちを打ちながら、みやげ屋に入ればポップな商品がずらりふたりを出迎える。
「ゾロ!これ、中身見えないのに、おひとりさま3点までだって!」
ぎゅうぎゅう痛いほどに抱きついてくる腕は、高ぶった感情を逃がす為なのだろうと理解して。
「なら、おれも買うから、あわてんなよ。」
それでいて、細い通路と周りの客を意識し、そっと腰元を抱き寄せる。
傍目におれたちはどんな風に見えているのだろう、と考えれば、虚しいような、それでいて、いい雰囲気に見えなくもないか?と考えてみたりする。
購入した物をリュックにつめて、買ったばかりのタオルを肩にかけて、
「あとで写真撮ろうな!」
そう笑った相手の姿を、ぱしゃりと記録した。

コラボメニューをたらふく食べて、夕方からのショーに備える。アニメとのコラボショーだから子ども向けなのかと考えていたのだが、調べたところ、大人でも楽しめそうな内容で。
キャストの案内に従って通された席は、かなり端側ではあるものの、前から3番目というなかなかいい席。緊張を逃す為なのか、はたまた開演までの数分の暇つぶしなのか、手にしたタオルをにぎにぎとする相手の手に、自分の手の平を乗せてみる。はっとしたように重なった視線に、ふにゃりと細まった瞳に長い睫毛が揺れる。
「ゾロ、はじめてだもんな。」
囁かれた声がまるで蜂蜜のように甘ったるくて、薄暗くなった空に胸が大きく跳ねる。
「大丈夫だぞ。おれと一緒だから。」
首筋を滴る汗が、やけにリアルに感じられて、身体が火照って。
「ルフィ、おれ、」
何か伝えなくては、と唇を震わせた瞬間に、
「よくきたな!野郎ども!」
耳に届いた聞き慣れたキャラクターの声。
ぱっと外れた視線に、高鳴る鼓動がゆっくりと落ち着きを取り戻すも、きゅうっと握られた手の熱さは変わらなくて。
嗚呼、このまま時間が止まればいいのに、と強く願った。

光る滴に、立ち上がる炎。身体を包む熱気は気候だけのせいではなくて。観客が上げる大きな声に、ショーの演出に鳴る効果音は煩いはずなのに、ぎゅうっと手を握る愛しい人と演者の姿だけが浮かんで見える。
「ゾロ、ゾロっ」
小さな声で呼ばれる名前は、眩しい光の中、武器を振り回すキャストに向けられたもの。
「すげー!」
技が決まる度、大きな拍手をして、その後にきちんと自分の手に戻ってくる柔らかなそれに泣きたくなる。
愛おしくてたまらなくて、なのに何故か、知らない記憶と今が交差する。倒れては起きあがる、絶対に諦めない主人公の横顔と、恋する相手の真剣な表情が重なって。胸の奥が痛む。この想いは何なのかわからなくて。でも、すきで愛おしくて、切なくて。
「ゾロ?」
強く握り返していたらしい拳から力を抜いて、心配げにこちらを見る相手の瞳を覗けば、真っ青な空に麦わら帽子が輝いて。にっと笑った口元に、桃色の唇が弛む。
クライマックスらしき音楽に、会場の熱が上がれば、頭の中にぐるぐると知らない映像が渦巻いて、なのに舞台から目を離すことができなくて。敵が舞台の真ん中で倒れれば、決め台詞を言い切った主人公に合わせドンッ!と大きな音が鳴る。
そこから世界が曖昧で。気付けばエンディングは流れ、既に幕を降ろしていて。ざわざわと退席する客たちの声に、ゆっくりと引いていく熱。先程までの幻覚は、今までルフィと見てきたアニメのフラッシュバックなのか、はたまた。
「ゾロ、」
小さく呟かれた名前にはっと視線を向ければ、繋いだままだった手の平が汗でぐっしょり濡れているのがわかって、
「楽しかっただろ?」
白い歯を見せた笑顔に、もうどうにでもなってくれ!と唇を合わせた。

「お前がすきだ。世界一。」
まん丸な瞳の中に映る自分の必死な表情は、まるで画面に映った物語を見ているようで、不思議な心地に包まれる。
「世界一、か。」
静かに俯き息を吐いたその人に、ごくりと唾を呑み込めば、ふっと笑った唇がまた重なった。


「よろしくお願いします。」
ぺこりと下げられた頭に、麦わら帽子が揺れた気がした。









2023.08.19
「それくらい愛して貰わないと、おれが困る!」なんてね。







Back



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -