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君と一緒

(役者パロZL)

まったりした日曜の午後。
昨夜の熱の残った寝室で身体を起こせば、隣でまだ寝息を繰り返す可愛い恋人。
一途纏わぬ柔らかな身体を冷やさぬように毛布を引き上げて、静かにベッドから足を降ろせば、くいっと引かれた腕に口元が弛む。
「起こしたかよ。」
甘さをはらんだ声で囁けば、白い頬を撫でやって瞳を細める。もぞもぞと身じろぐ様は日向で微睡む小動物のようで、それ以上に愛おしい。
「ん。」
肯定でも否定でもない、寝ぼけた声。
「キッチンカー。」
涎で濡れた唇が呟いたのが、自分の名前でも朝の挨拶でもないことに驚きなどしなくて。寝癖のついた前髪を掻き上げ、丸い額にキスをした。

ひんやりとした朝の空気に、人の少ない公園の空気は凛として心地よくて。
「どっちが速いか、競争だ!」
なんて、笑顔で駆けだした恋人を追う。トラックを囲むように伸びた煉瓦敷きの散歩道に、休憩場所もかねて設置された遊具のある広場。その一つに、空色のキッチンカーが見えて。
広場の入り口で足を止めた恋人に並んで、昨日の夕食時、眺めたチラシを思い出す。
「あったな。」
ぽつりと呟けば、キラキラ瞬いた瞳が淡い光の朝日よりも眩しく思えた。
自分用にとホットサンドとコーヒーを頼んで、もうひとりの注文を待つ。悩んでいる様子が何だか微笑ましくて、カウンターで見えないだろう位置で、そっと手を握れば、ふっくらとした唇が笑った気がして。
「じゃあ、おれはこのホットサンドとレモネード。」
とんと指先でメニューを射して告げれば、店員が商品を用意する隙を見計らって、背伸びした恋人の唇が耳元に寄せられる。
「さびしんぼ。」
きゅうっと握り返された掌に、はっとして見下ろした表情は意地悪ながらも愛らしくて。あたふたする暇さえ与えてくれない。
「お前には負けるがな。」
ぴっとりと寄せられた身体に、くくっと笑いながら言い返せば、きょとんとした瞳が幸せそうに細まって。
「おう!」
誇らしげな返事に心の奥が熱くなる。

ふたり分の朝食が入った紙袋を手に、今度はゆったりと歩いて帰る。
今日はふたりが出演している子ども向けヒーロードラマの放送日。仕事が入らない限り、ふたりでその番組を見るのが日曜日の習慣になっていて。
手を洗ってソファーに座れば、テレビをつけてテーブルに買ったばかりの朝食を並べる。
まだ湯立つコーヒーに口を付けて、番組前のコマーシャルをのんびり見やれば、新聞の番組欄を確認しながら、
「今日のは、ロケ弁が豪華だった日のやつだな!」
にっと笑う恋人の腰を抱き寄せる。
子ども向けらしい溌剌とした音楽に、テレビから流れる声に合わせサビ部分を熱唱する愛らしい人。
画面の中、敵に向かって叫び飛び込む凛々しいヒーローと同じ顔をした、ふわふわと幼い表情の隣に座る恋人。同業者ながら、役者というものはすごいな、なんて呟きそうになる。

この番組の撮影現場では、基本、スタントを使わない。だからこそ、リアリティがあって人気が出た。でも、そのために役者への負担が大きいのも事実で。攻撃を受けて荒くした息も、吹き飛ばされてぶつけた痛みに歪んだ表情も、全て本物で。
薄い画面に大きく映った勇ましい横顔に、最後の力を振り絞って駆け出すボロボロな姿。撮影中のあの張り詰めた時間を思い出せば、胸の奥がきゅうっと締め付けられる心地がする。
台詞のないクライマックス場面。しんとした空気。倒れ込んだ小さな主人公の身体に駆け寄ろうと振れる心に、なぜだが足は動かなくて。ぐうっと地面を両手で押し、身体を起こしたあの視線が。踏みしめられた泥だらけの靴底が。誰もの心を掴んで、息すら止める。
台本に書かれた「主人公に声をかける仲間たち」の文字が脳裏に浮かんでも、そうすることさえ烏滸がましいとすら思わせる気迫。
ゆらりと立ち上がった、その瞳にはただただ炎が蠢いて、吐いた息が白く見える気がした。
「ここ、誰も声かけないから、撮り直しになるんじゃないかって思ったんだけどな。」
へらっと笑った声に、撮影後まで続いた張りつめた空気を思い出して苦笑する。
「台本、覚えてたのかよ。」
意外に思えて呟けば、
「一回読んだら、覚えるだろ?でもな、」
画面に向けられたままの瞳にちらちらと燃える何かが揺れて。
「あそこは、誰も話しかけられないくらい、主人公は怒ってたんじゃないかって思って。」
静かすぎる空気に、舞う土埃。台本にはないはずなのに、引き寄せられるように主人公の横に並ぶ自分の姿。
「「いくぞ。相棒!」」
テレビから響く声に、にっと笑う自分にだけ向けられた表情を思い起こして、ぶわりと溢れた熱に包まれる。
こいつは天才だな、と笑みが零れれば、
「なんか、おかしなこと言ったか?」
なんて、小首を傾げる様が愛おしすぎて。
「なんでもねェよ。」
そう照れ隠しに黒髪をわしゃわしゃと撫で混ぜる。

少し冷めたコーヒーに口付けて、いつもより少し早いエンディングを眺めれば、次回予告の後に映った重大発表の文字に眉をひそめる。
「なんだ?特別プレゼントとかか?」
一視聴者として、わくわくしているらしい恋人の隣、よくわからない胸騒ぎに息を深く吸えば。画面いっぱいに映った「映画公開決定」という文字。
飲みかけたコーヒーに噎せれば、人ごとのように「映画だってよー!」とはしゃぐ可愛い人。
「状況わかってんのか?」
口元を拭って呟けば、
「またゾロと一緒にできる仕事が増えたってことだろ?」
そう、幸せそうにキスされて。

嗚呼、かなわないな。
紙カップをテーブルに戻せば、細い身体を抱き締めて、
「すきだ。」
そう囁いた。
「おれもすきだぞ!」
雰囲気を無視して元気よく返された言葉に、
「おれもゾロとの仕事、だいすきだ!」
こいつはこういう奴なんだ、と再確認して。

「あと、」

そっと引かれた背中に、ぼふんとソファーに沈んだ軽い身体。押し倒すような形で覆い被さった体勢で見下ろした表情は艶やかで。
「今から、一緒になりたいくらい、」
頭の奥がガンガンするほど、甘ったるくて。
「溶けちゃいたいくらい、」
もうどうにかなりそうで。

「ゾロがすき。」


境界線が霞む程に、ゆっくり、強く、抱き締めた。









2021.11.20
君と一緒なら、どこまでも。







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