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kiss kiss kiss



そっと吐き出した息は熱くて、甘い。溶けてしまいそうな程、近い体温に密着した肌。生まれたままの姿で、ただただ全てをさらけ出して。強欲に我が儘に。ただただ欲しいものを。

柔らかな唇が初めに触れたのは額。掻き上げた前髪から落ちた滴を舐めるように、湯船の中、少し伸ばした背で肌に触れる。額に押しつけられた唇の柔らかさに瞳を細めれば、噛みつくように白い首筋に吸いついて、少し赤くなったそこを舐めてやる。腰を支えるように掴んだ手でぐいっと身体を引き寄せれば、首筋に当てた口元をするする撫で降ろして、鎖骨から胸元に滑らせる。
「こらっ!ゾロ!」
頭のてっぺんから降ってくる声に視線を上げれば、色気のない子どもみたいな膨れ面。
「それじゃあ、おれがちゅうできねェだろ。」
胸元の大きな傷跡に口を押し当てたまま、
「おれは困らないしな。」
なんて、少し意地悪く返せば、
「おれは、ゾロにちゅうしたいんだっ!」
浴室に響いた声は高く幼さすら含んでいて。
愛おしさに溢れた言葉に甘い空気。本来なら艶っぽく粘り気を帯びるのだろう行為すら、目の前の可愛い人の前ではペースを乱されてしまうようで。
首筋に数回吸いついて、そのままするすると力を抜いた手で相手の脇腹を撫でて視線を合わせる。
「これで満足か、キャプテン?」
こてんと重ねられた額に、嬉しげに揺れる睫毛。ちょんと合わさった唇に、先程の仕返しにとたくさんのキスが降ってくる。口端を舐めた舌が頬に触れて、そのまま輪郭をなぞるように耳元へ。鼻から溢れた甘ったるい息遣いに、目尻に寄せられた唇が少し離れればすぐに左目の傷を舌が撫でる。まるで唾液に治癒効果でもあるかのように執拗に。ゆったりと桃色の熱が伝わって、ぎゅうと背中に回された腕に力が籠もる。
「うまいか?」
からかうように告げてみれば、
「試してみるか?」
艶めいた口元をちろりと舌で拭った恋人に囁かれる。
丸い頭を包むように、赤らんだ頬に両手を添えて。粗い縫い目の傷跡に唇で触れる。長い睫毛が口上で震えれば、こそばゆくて。でも、それ以上に舌に触れる肌の凹凸がリアルで近くて、どうしようもない。このまま、永遠に食んでいれば、ふやけたそこから何かが溢れてくるのだろうか。甘く熱い愛が、この口に。そう考えて、馬鹿らしいと笑えてしまう。
「うまくはねェな。」
「だよな!」
当たり前の如く返ってくる言葉に口元が弛めば、柔らかに熱を持った目元を親指で撫で、唇を合わせる。
数回角度を変えて啄んで、次第に深く沈みゆく。熱いくらいの口内に、にゅるんと滑る厚い舌。いつの間にこの行為は当たり前になったのだろうと考えて、へたくそだった初めての接吻を思い出す。そうだ、あの時は前歯が折れたかと思ったんだ。舌先で薄い前歯を撫でれば、驚いたような声が鼻から零れて。そういや、鼻もぶつけたな、なんて暢気に考えた。
つるつるとした口蓋を舐めて、歯列をなぞって。唾液を分け合い、喉を鳴らす。
浴室を霞ませる湯気にか、はたまたお互いの体温にか、逆上せかけた脳内では考えることすら億劫で。
「はだかで出たら、怒られるよなァ。」
「だろうな。」
赤くなった頬が首筋に触れれば、溶けてしまうんじゃないかと不安になるほど柔くて。
「タオル巻いたら、セーフか?」
「ぎりぎりだな。」
くたりとした身体を抱き上げて、冷水を浴びる。
嫌というほど熱を帯びた身体を離すという選択肢は頭になくて、腹筋の隙間を流れ落ちる冷たい水滴に、ほっと息を吐く。
「甲板。」
「丸見え。」
貼り付いた前髪を掻き上げてやれば、
「キッチン。」
「誰かいるだろ。」
脱衣所でタオルを手にする。
「男部屋。」
「完全にアウト。」
片手で軽い身体を抱いてどうにか腰にタオルを巻けば、バスタオルで恋人を包む。
「なら、またジムか?」
不服げに尖らされた口元に、キスをして。
「なら、やめとくか?」
そう、にやりとしてみれば
「ゾロだって、したいくせに。」
伸びてきた指先に頬をちょんと抓られる。
「あそこ、床が固いから背中いてェんだ。」
むうっとむくれる頬に口付けて、
「鉄のじゅうたんだからな。」
さらりと告げて歩き出す。こんなところ、クルーに見られれば格好のからかいぐさだ。
「今度、フランキーにふわふわな床に変えてもらおうかな。」
真剣に呟くその表情に吹き出さずにはいられなくて。
「なんて説明するんだ、それ。」
額を合わせてくつくつ笑う。


唇を合わせて、身体を寄せて。我が儘な恋人の背中を気遣えば、そっと腕で支えたままキスを続ける。
いったい何度すれば満足できるのだろうと、相手と自分に問いかけて。きっと答えは出ないのだろうと、まだ少し湿ったままの黒髪を掻き混ぜる。
唇が触れるだけ、ただそれだけなのに。世界の色が変わって、温度が上がって、腕の中のものが愛おしくて溜まらなくなる。
ちゅぷちゅぷと腹筋に触れた唇がくすぐったくて、ぴくりと振れれば、
「ゾロ、動くなよ。」
なんて無茶な口振り。
仕返しとばかりに掴んだ足首に、美味しそうな内腿に口付ければ、ロマンスの欠片もない笑い声。
体中にキスをして、お互いに印を付けて。大きな口を開けて笑い合う。昔から変わらない、ふたりの時間。大人になる、なんて考えたことも無かったけれど。でも、きっとふたりならいつまでもこうなのだろうと、疑うことすらしなくて。
「すきだぞ、ゾロ。」
呟かれた言葉にぽかんとすれば、してやられたと悔しくて。
「おれもだよ。」
少しぶっきらぼうになる言葉。
「おれも、なに?」
にやにやと尋ねてくる瞳を手のひらで覆い隠せば、息を吸って。
両手で溶けかけた頬を包んで、ぴとりと唇を重ねれば、
「おれも、すきだ。」
真っ直ぐな言葉で呟いた。

途端に飛びついてきた身体に傾いた背中。唇が触れたと思った瞬間、ゴンと鈍い音が鳴って。
「ほらな、ここの床、固いんだ。」
悪びれる風もなく、愛しい瞳が見下ろしてくる。
後頭部の痛みに目を閉じて、相手に向かって腕を伸ばせば、
「フランキーに頼んでみるか。ふわふわな床。」
そう、おどけて抱き締めた。




肌を合わせて瞳を閉じて、そっと静かにキスをする。









2021.05.05
唇が触れた瞬間だけは静かだから。







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