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輝く



瞬く光は、きっと、どこまでも。


ふわりと見上げた空には、満点の星屑。きらきら瞬くそれに目元を細めれば、愛おしい瞳が脳裏に浮かぶ。
トレーニングルームを出て芝生の甲板で汗ばんだ身体を冷やせば、穏やかな波音に潮の香りを含んだ夜風が三連の耳飾りを揺らす。
この海には珍しい静かな夜。キッチンで明日の下拵えをしているらしい調理音に、船の後方から聞こえるゆったりとした優雅なヴァイオリン。どこからか漏れたカンカンと金属を打つリズムに、遠くから聞こえるクルーの笑い声。
水平線は真っ直ぐで船の歩みすらゆっくりと感じられれば、降り注ぐ星光はちらちらと笑う。

聞き慣れた足音に、近付く気配。
「ゾロ!なにしてんだ?」
開いた扉から現れた船長を振り返れば、
「なにも。」
そう微笑んで、不思議そうな表情を手招いて甲板に腰を下ろす。
隣に座った細い身体を眺めれば、そっと息を吐いて夜の空気を肺に注ぐ。こてんと傾けられた頭に、さらりと肩にかかる黒い髪。
「静かだなァ。」
ロマンチックとは程遠い間の抜けた声。それでいて退屈ではないらしい柔らかな吐息に、何故だか、遠い日に見上げた星空と、あの日の熱い体温を思い出す。
そう、小さな頼りのない船の中、望まなくとも身を寄せて。何にもない海の上、向かう先すらわかりもせずに漂っていたあの時のように。今夜はただ広い空に星が瞬く。
「ゾロとふたりの時みたいだ。」
ぽつりと呟かれたその言葉に、同じ風景を思い描いていることを知れば、瞳の中の星屑が恋しくなる。

ルフィの瞳が煌めくのを見るのは、そう珍しいことではなくて。今までの冒険の中、幾度も目にして、その度に心を揺さぶられて。
未知の島に降り立った瞬間の、あの宝石のような瞳。赤くなった頬に子どもみたいな表情。
敵を前に鋭くなる視線。背筋がぞくりと逆立つような、誰にも止められない野性的な疼き。
大きな瞳から零れ落ちる涙の粒に、胸元が締め付けられるような押しつぶした声。
それら全てが美しくて、全てが愛おしいのに。今この瞬間に、特別に想えるのは、あの夜の星を映した艶めいた瞳。

「あの時、はじめてちゅうしたんだよな。」
くくっと喉奥から溢れた声に、つられるように笑って。
「ああ、なんとなく、な。」
随分、昔に感じる小舟時代を思い出す。
星が降る静かな夜。どちらともなく近づけた唇で、キスをした。そんな気、お互いさらさらなくて。なのに、ふたりともそうするのが自然のように、惹かれあって。再度、唇を重ねた時には、もう相手の唾液の味を知っていて。
当たり前のように細い手首を掴んで、甲板に組み敷いて。柔らかな唇をお互いに食べた。
空腹だったわけではない。喉が枯れていたわけでもない。ただ、あの時、あの瞬間、熱い体温と相手の吐息が全てを満たして。それだけで充分だと、思ったのだ。それだけが欲しいと、願ったのだ。

「ゾロのちゅうは苦かった!」
「酒を飲んだあとだったしな。」
けらけら笑う船長の髪を撫でやれば、
「おれはどんな味だった?」
興味深げに向けられた瞳の中に、満天の星空が瞬いて。胸の奥がぼんやりと熱くなる。
「甘かったよ。嫌になるほど。」
呟いて横になれば、真似するように隣に転がる軽い身体。
「あの時は魚しか食ってないだろ?なんで、甘いんだ?」
不思議げに尖らせた唇に、芝生の緑は柔らかで。あの固い甲板を懐かしく思う。
波が来ればそれだけで大きく揺れて。動く度に落ちそうになる相手の服を引っ張って。もろにうけた風に飛ぶ、麦わら帽子を追って駆けた、あの頃を。
短いけれど、長かったふたりだけの航海。初めて口付けを交わして、でも、それが気の迷いではない事を理解して。ふたりして、けらけら笑った青い日の想い出。
恋なんて、愛なんて、知らないけれど。でも、確かにあの時、ふたりしてお互いが必要で。きっと今だって変わらない。

「ここまで、きたな。」
線を引くわけにはいかないけれど、進んできたこの道のりは確実に夢に近付いていて。
「これからも、続くぞ。」
少し意地悪に返してみれば、明るい子供みたいな声が返ってきて。
「知ってる!」
それだけで、心地よい風が吹いた。


ぐるりと身体を回して、小舟の上と同じように、小さな身体を包み込む。潰さないように、それでいて近い距離で。
まん丸の瞳の中、煌めく星たちを眺めれば、深く甘く息を吸う。

「同じ時代に産まれて、ここまで生きてくれて、ありがとう。」

柄にもなく告げて、驚いたように開いた睫毛に瞳を細めて。




静かすぎる海の片隅で重ね合わせた唇を。
今度は世界の真ん中で、そっと柔らかに啄んだ。










2021.05.05
その瞳を知っているのは、きっと世界でひとりだけ。

Happy birthday to Luffy...!!







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