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attention please

(機長×キャビンアテンダント)

ふわりと優しく、それでいて通る澄んだ声がマイク越しに聞こえれば、機内の空気がゆったりと落ち着く。空の旅人達は離陸のために話すのをやめ、自分のベルトに視線を向ける。
「それでは素敵な空の旅を。」
誰もがほっとする笑顔に、柔らかな動き、困っている相手に気付き差し出されるその声は皆を魅了する歌のようで。
きっとこの空飛ぶ船の中、煌めくその人を見ていない人物なんていやしなくて。


「ゾロ、お疲れ様!」
とんと置かれたトレーの上には食べきれない程の量の定食メニュー。
「この後もフライトだぞ。」
わざと眉を顰めて見せ、次いで笑えば、
「でも、一回飛んだら腹減るだろ?」
にっと見えた白い歯に心惹かれる。
首元から覗く濃い桃色のネクタイに、ふわりと整えられた髪。長い睫毛に凛とした背筋。
キャビンアテンダントという仕事からか、はたまた元から持ち合わせたものなのか、コロコロと変わる表情は愛らしくて人の心を優しく包む。
「で、機長さんは何を食べてるんだ?」
どこかからかうように尋ねられれば、皿に並んだ握り飯にほわりと湯気立つ味噌汁を見せてみれば、
「おにぎりのセットか!それもうまそうだ!」
涎が溢れんばかりに瞳を煌めかせる相手に、机に置かれたこんもりとした定食メニューに笑ってしまう。
「おれのおにぎりより、それ食べないと冷めちまうんじゃねェか?」
ひょいと指差して告げてみれば、慌てて手を合わせるその様が仕事中とは違って、余りに子どもぽくて心惹かれる。

「そういえば、」
ぱくぱくと食事を進める唇に、思い出したようにポケットから取り出された皺のついた紙ナフキン。機内食に添えられるそれは自分も見慣れたもの。
「こういうのって、どういう時に連絡すればいいんだ?」
きょとんと傾げられた小首に、航空会社のロゴのすぐ上、さらりと書かれた電話番号が目に着けば、頬張っていた握り飯に噎せそうになって。
「受け取ったのか、それ。」
どうにか味のしない米を飲み込んで尋ねれば、悪びれる風もなく頷く可愛い人。
嗚呼、ルフィはおれたちが恋人であることは忘れていやしないだろう、そう考えてはみるものの
「連絡してねって言われたんだけどよ、こういうのって、いつ電話するんだ?」
純粋に悩んでいるらしい愛しい人に溜息が漏れる。
「そういうのは、受け取ったら負けなんだよ。」
やれやれと額に手をやり呟けば、ぱちくりと瞬いた恋人の瞳。紙ナフキンを受け取ろうと伸ばした指先を掠め、引かれたそれに
「じゃあ、電話してもう一回勝負する!」
スマートフォンを手にするその表情は真剣で。
それこそダメだ、と細い手首を掴めば
「知らない間に負けてるなんて嫌だ!だから、もっかい戦う!」
むうっと尖らせた唇が可愛くて堪らなくて、嗚呼、キスがしたいなんて考えたところで、いやいやと首を横に振る。今はそんな場合ではないだろうと思い直せば、
「あのな、ルフィ。」
ほんの少し声を落として、深く息を吐いた。

よく考えてみれば、空の上での密室でこの愛らしい人はたくさんの目に触れているわけで。眩しい笑顔で明るく振る舞うその様は誰が見たって雲の上の天使。惑わされる相手を責めることができない程に魅力的なのは充分理解しているわけで。その事実に当の本人が気付いていないことも含めて、そんなことわかっていたはずなのに。
「その負けは、お前じゃない。おれだ。」
悔しいながらもこの事態を食い止められなかったのは、紛れもなく自分自身で。
「それは、恋文みたいなもんだ。お前のことが好きだから、電話したいという意思表示。」
番号の書かれた皺の寄った紙を見つめた瞳がまん丸に開けば、ふっと細まって視線が重なる。
「だから、そういうもんをお前に受け取らせる隙を作ったおれの負けだ。」
何百という人の命を預かって空を走る。その仕事に責任を持ちつつも、ひとりへの愛も守りきれないのかと溜息が漏れれば、
「なら、」
ぐしゃりと丸められた連絡先に、こてんと肩に乗る小さな頭。
「この勝負はゾロの勝ちだぞ。」
にっと白い歯が笑えば、
「だって、今の方がドキドキする!」
ぎゅうっと強く握った手のひらに、指が絡まった。

「さっきのお客さんにメモもらった時は、なーんにも思わなかったけどさ。今、こうしてゾロが話してるの聞いてたら、おれのことすきなんだなァってドキドキしたんだ。それって、ゾロの勝ちだろ?」
ふふっと笑う、その息遣いが耳元を擽れば、
「それに、おれはどんなにたくさんのお客さんと空を飛んだって、ゾロがいないとやだからな!」
微かに柔らかな唇が頬に触れた。

空を駆けるその長い時間。
同じ空間にいるはずで、それでいて視線を合わせることなどありはしなくて。たくさんの客に向けられた甘い視線に柔らかな笑みを思い浮かべて、ほんの少し、やきもきした気持ちを勘付かれたのだろうか、なんて考える意味がないことを目の前の単純な人を見、思い直せば。広い窓から見える青空をふたり見上げた。


ふわりと響いた声に、心がほわりと温かくなって。
まるで空を飛んでいるようだと、甘い笑みが零れた。










2020.01.12
君とならどこまでも、この青い世界を。

#ZLお題遊び 「機長×キャビンアテンダント」







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