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誓いをひとつ

(新婚さん設定)


願う事なんて、なにも。


ぐるりと巻かれたマフラーに口元を埋めれば、迷子にならないようにと絡められた指と指。駅から続く道は人に溢れていてザワザワと煩い波に押されながら前へ進む。
「大丈夫か?」
そう尋ね振り返るゾロの瞳が優しくて、冷たいはずの空気が温かく感じて。
「うん。」
ぎゅうっと繋いだ掌に力を込める。
どこからか漂う林檎飴の香りに、焼きそばやイカ焼きのソースの匂い。遠くを歩く人々が手に持った串に、肉を焼く油の跳ねる音。
「帰りに何か食って帰るか。」
ぐっと引き寄せられた腕に、わしゃりと髪を撫でる指先。こくんと頷き笑ってみれば、ぴたりと止まった相手の足に、目の前には人通りのない細い路地。
「こっちであってるか?」
さっきまで押し合い圧し合いしていたはずの人の波は少し離れた位置で別の方向を向き進んでいて。
「地図を見たときは右方向だったしな。ここを進めばいいんだろ。」
自信ある声にそういうもんかと手を握り、吸い込まれるように細い路地を進む。

ふたり並んで歩くのが狭いと感じるその道は、太陽の光を遮って薄暗い。それでいて、軒先にかけられた干し柿や、玄関先に飾られたしめ縄は凛としていて。
「夢の世界みたいだな。」
ぽつり呟いて、太い腕に頬を押し付ける。
「まァ、普段の空気とは違うな。」
ふわりと吐いた白いはずの息がきらきら瞬いて、夢見たいな光を纏う。
煩い太道の声が遠くで聞こえれば、塗り固められていない砂利道を歩く。並んでいたこじんまりとした家々は既に後ろに遠退いていて、振り返ろうとするふたりを包み込むように木々が青々と揺れる。

「ここ、か?」
先程まで薄暗かった世界が木漏れ日を纏い煌めけば、白い光に照らされた1つの社が見えて。
ひっそりとした小さな木造のそれは、崩れてしまいそうなほど古いのに、温かで柔らかな空気を纏っていて。側を流れる小川のせせらぎが耳に届く。
「静かだな。」
先程までのざわざわとした年始特有の騒がしさが嘘のように、緩やかに過ぎる時間。

色あせた朱色の鳥居を抜けて、小さな手水舎で身を清める。濡れた唇をぺろりと舐めてゾロを見れば、ほらっと差し出される手拭いで手と口を拭って、白い石畳をふたりで歩く。
「何をお祈りするんだ?」
数日前から取っておいた五円玉を忍ばせたポケットに手を入れれば、
「おれは神に祈った事はねェ。」
なんて意地悪く笑う恋人に自分まで笑ってしまう。
「ただ、」
カランカランと鈴緒を揺らした腕に、真っ直ぐ前を見つめた視線があまりに真剣で、澄んだ横顔から目を逸らすことが出来なくて。
「おれは年の初めに誓いを立てる。」
ゆったりと低い声が心を満たした。

「それを神様に聞いてもらうのか?」
真似をして鳴らした鈴は、今まで聴いたどんな音よりも軽やかで美しいのに、どこか懐かしくて。
「いや、」
投げ入れた五円玉が賽銭箱で跳ねた瞬間に、にやりと悪い笑みを見せて
「聞かせてやってんだ。」
大好きな人が囁いた。


弾ける拍子音にゾロの言葉を思い出して、自分も真似して誓いを立てる。
「たくさん笑って、自由に楽しむ!」
なむなむと口に出して告げれば、ふっと空気が振れて隣で小さく吹き出した相手を見上げれば、
「それは去年と変わらないだろ?」
そうペコリと下げた頭をわしゃわしゃと撫でられた。

「ゾロは何を誓ったんだ?」
ゆったりと社の裏を歩いてみれば、細まった瞳を遮るように騒がしいざわめきにソースの焼ける食欲を誘う匂いがして。
生茂る木々の小道を抜ければ、目的地だったはずの本殿の背中が目の前にどんと見えて。その向こうから人の波がちらちらと揺れる。
「裏から入っちまってたみたいだな。」
「さっきのは違う神様の家だったんか!」
ぱちくりと目を丸くすれば、此方を見下ろす瞳が優しく光って。
「もう誓いは立てちまったしな。」
ぎゅうっと握り締めた腕を引いて、
「じゃあ、何か買って食って帰ろう!」
にいっとふたりで笑って歩く。


振り返ることなく前に向かう。
だって、願うことなど何もない。

今が幸せで、

これからもっと、
ふたりで幸せになるのだから。









2020.01.02
「おれがこいつを幸せにする」なんて、妬けちゃうねェ。








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