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日常のダイヤモンド

(新婚設定ZL)


かさりと音を立てたフードの中には、心を込めたプレゼント。


灰色ながらも柔らかな朝の光に薄く瞳を開けば、優しい体温が腕の中にあって。あまりの幸せに胸がきゅうと苦しくなる。まだ夢の中かと疑うような甘い空気に、もう少しだけと毛布を口元まで引き上げれば、柔らかな黒髪に鼻先を埋めた。昨晩、塗り合ったボディークリームのほのかな香りが心を満たして、何処か子供っぽいその懐かしい匂いに、ゆったりと可愛い恋人の腰を抱き寄せた。

何度目かともつかない、ふたりでの誕生日。サプライズの多いその日、今年は珍しい休日で。
「ルフィ、」
ぽつりと名を呼べば、お茶碗にご飯をつぐ手が止まってきょとんと小首が傾げられる。
「今年の誕生日は、のんびり一緒に過ごして欲しい。」
わいわい驚きに満ちた1日も、もちろん楽しくはあるものの、寒くなってきたこの時期にふたりきりで過ごすのも、なんだか幸せに思われて。
「休みを取って、朝からずっと、お前とふたりで過ごしたい。」
そんな言葉に、きらりと瞬いた瞳は美しくて向けられた視線は温かで。
「ゾロの誕生日だからな!なんでも、ワガママきいてやるぞ!」
そう胸を張る可愛い人に、いつかのプロポーズを思い出してふたりでクスクス笑い合った。

目覚ましもかけずに起きたのは、いつもなら職場についているはずの時間。昼頃まで眠るのも心地良いが、微睡んだ瞳で空腹だと、胸元に擦り寄るルフィが愛おしくて。結局、ベッドから起き上りのそのそと着替えを済ます。
色違いのパーカーにスエットパンツ。冷たい水で顔を洗うも、まだどちらの頭もぼんやりしていて。そんな怠惰な心地よさに笑ってしまう。食パンを焼いて、たっぷりのジャムとマーガリンを塗れば、マグカップにレンジで暖めたミルクと、コーヒーを注いでソファーに向かう。普段なら、急ぎ足で済ませてしまう朝食を、テレビを見ながらゆったりと口に運べば、未だにうとうととする温かな体温をそっと肩に寄せる。
「ちゃんと食わないと、ジャムこぼれるぞ。」
と、すでにべたべたな手のひらと、口元についた真っ赤な宝石に、心がほわりと熱くなる。
ただただ流れるテレビからの声を聞き流して、熱い吐息にほっとする。
「ルフィ。」
そっと囁いた声は、甘ったるくて親指で拭ったジャムにも勝る。
「幸せだな。」
ほろりと漏れた声に、何故だか照れるように笑った表情があまりに愛らしくて、こてんと頭を相手に倒す。冷たかったはずの朝の空気が温まって、きんとした外の空気まで緩んだようで。苺味の指を舐めれば、ようやく咀嚼を始めた頬を撫でてソファに背中を埋める。
「お昼ご飯はピザにしよう。」
なんて、まだ朝食も終わっていないのに楽しげに告げられた言葉がまた部屋を満たして、ほんの少しだけいつもの日常が特別になる。

食料調達にスエット姿のままコンビニまで買い出しに向かえば、寒い北風に手を繋ぐ。
「今日は何でも買っていいぞ!」
なんて、告げるルフィの手には旅行雑誌にたくさんのお菓子とジュース。負けじとカゴに詰めたアルコール瓶に読んだこともないファッション雑誌。
「こんなの読むのかー?」
なんて、ケタケタ笑う表情に
「お前こそ、旅行なんてしないだろ?」
と返してレジに向かえば、いつもの癖で財布を開く。
ついでに、とレジ横の肉まんを1つ買って相手に渡せば、店を出るや否や丸いそれを頬張る可愛い人。きっと今はもう「誕生日を祝う立場」を忘れているのだろう相手を見つめれば、皮肉や意地悪を言う気なんてさらさらなくて。心の底から幸福で、ああ生まれてよかった、だなんて吐息が溢れる。
帰宅してすぐ手洗いうがいをした後は、羽織っていたアウターをソファに投げて、ふたり並んでヒーターの前。カーペットに転がしたクッションを枕がわりに寝転がって、買ったばかりの雑誌を開く。しばらく眺めて、ちらりと隣を見れば、すでに飽きたのか退屈そうな瞳とばちりと視線が合って、ふたり同時に吹き出した。
「ピザでも選ぶか?」
と転がり、仰向けになった腹に顔を乗せる相手の髪を撫でれば、ぼんやり呟いてみる。
「じゃあ、おれ、チラシもってくる!」
なんて、ぴょこんと立ち上がった相手が、子供のようで愛おしくて、背中を向けた手首をそっと掴んだ。
「ゾロ?」
驚いたように振り向いた恋人を引き寄せて、抱き締めれば、唇を重ねて。
「ありがとう。」
と呟いた。こんなに穏やかな温かな日を、一緒に過ごしてくれて、なんて。震える程の幸福に瞳を細めれば、くすくすと悪戯っ子じみた笑い声が鼻にかかって、
「お礼はちょっぴり早いぞ。」
と静かに身体が離れる。
身体を起こして相手の背中を見つめれば、キッチンの引き出しを漁って取っておいたらしいピザのチラシを手に戻ってきたルフィの瞳はちらりと潤んで美しくて。ぼんやりとした自分が映って見えて。
「おれ、ちゃんと準備してたんだぞ。」
そう囁いた少し高い甘い声に、触れた唇。そっと伸びてきた舌を掬って吸い上げれば、細い背中に腕を回す。首筋に触れた熱い腕に傾いた体重を支えれば、口付けが更に深くなって背筋に手を這わせて、腰を引き寄せる。
鼻から漏れた熱い息に、薄く開いた瞳から濡れた視線を交わせば、愛おしさに胸が張り裂けそうで、かさりと鳴った紙の擦れる音に気付かぬふりして、また角度を変えて口付けた。

「準備って、割引券か?」
口元を拭って笑えば、チラシを入れられたらしい自身のフードに手を伸ばす。
「割引ではないけど、券だな!」
そうウキウキした瞳で膝に座るルフィの言葉に、ピザ屋のタダ券を想像しながら掴んだものを見れば、綺麗に三つ折りにされたデリバリー表。相手の言う「券」の意味が分からず、折られたそれを開いてみれば、中からはらりと現れたそれに目の前が揺らめく。
「お小遣い使って買っちゃったんだ。明日の新幹線の券。」
手の中にあるのは、幼くして亡くした親友の眠る、懐かしい土地へと続く1人分の乗車券。
「実はな、明日と明後日もお仕事行かなくても済むように電話もしてて。ゾロ、久々にゆっくりしたいって話してたから、お墓参りもいいかなって。」
躊躇いがちに視線を揺らす様が儚くて、柔らかで。
1人分しかない往復切符。それはきっと自身の全財産を叩いた貴重なもので。わざわざ職場に電話をして、懸命に説明して交渉したのだろう恋人があまりに尊くて。
「ルフィ。」
名前を呼んでぎゅうっと強く抱き締めて。
「一緒に居てくれ。」
掠れた声で低く熱く囁いた。
「明日からの旅行だけじゃなくて、これからもずっと一緒に、おれの傍に居て欲しい。」
泣きたくなる程のふわりとした大きな愛に、抱き締め返す細い腕。
「言っただろ?ゾロの誕生日なんだから、ワガママ聞いてやるって!」
そう返したルフィの目からぽろぽろ溢れた涙は、宝石のようで、煌めき薔薇色の頬を踊る。

「愛してる。」
親指で大粒のダイヤを拭って、唇を重ねれば、カチリとヒーターが止まる音がした。




いつもと変わらぬ心がほろりと溢れた、特別な日。
生まれたことに感謝して、愛することに喜ぶ日。
嗚呼、なんて幸福!嗚呼、なんて、愛おしい!








2017.11.11
ポケットに乗車券。手のひらにダイヤモンド。






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