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恋人は運転手

(お尋ね者ZL)



大きく揺れる車体に、浮かんだタイヤ。
消える黄色信号を横目にアクセルを踏み込めば、クラクションにサイレンの音が掻き消された。


「ゾロ!こっちだ!」
角を曲がってすぐに現れた真っ赤な扉に滑り込んで、助手席に転がり込めば、がんと後ろに引かれるように身体がシートに深く沈む。

久々ののんびりとした休日。昼間からジョッキを煽ってつまみに口をつければ、こそこそと何やら話す私服警官が目について。鈍感だと思われているもんだと、気づかぬふりをしグラスの底に紙幣を挟む。面と向かって伸すのも手だが、せっかく見つけた憩いの場を失うのは惜しくて。豆を一粒口に含めば、マスターに瓶で酒を頼む。ゆっくりと羽を伸ばせる休日は今日ではないらしいと溜息を吐けば、小声でやりとりするテーブル横を抜け、トイレに行くふりをし店から出る。からんと鳴るドアベルの音を聞く余裕すらなく、扉が閉まると同時に駆けだした。
私有地らしい柵を越えて、路地裏のゴミ箱を足場に低い位置に伸びた屋根に飛び乗れば、背中から聞こえる煩い足音に耳を澄ませる。応援要請でもしているのだろう大きな体の男を振り切るも、目の前に現れた制服姿の若者の脇をするりと抜けて、ベンチに着地する。
続々と増える敵の数に、どこに向かうべきかと思考を巡らせながらも白い壁を曲がれば、目の前に現れたのは真っ赤なワゴン車。開いた扉の中、揺れる黒髪が見えて、丸い瞳が宝石のように光る。自分の名を呼ぶ聞き慣れた声は、まごうことなき愛しい恋人。

勢いよく踏まれたアクセルに、いつの間に手配したのやら後方にはたくさんのパトカー。シートに座り直して、ハンドルを握る可愛い横顔を眺めれば、
「よく、おれの居場所がわかったな。」
そう呟いて、バックミラー越しに眩しい散光灯を眺める。チカチカと瞬く青い光は、まるで品の無い安ホテルのネオンのようで。
「おれが居るとこにゾロは絶対くるからな!」
なんて、にっと笑った純真な白い歯に胸が跳ねる。
「ま、本当はお酒ありそうな店の周りで、お巡りさんがいっぱいいたから、ゾロいるだろうってわかっただけなんだけどな。」
けたけた告げられた言葉に、適わないなと苦笑を漏らせば、凛と切り替わった空気にさっと振り返った黒い瞳。揺れる柔らかな髪に反して、鋭い視線は刺すようで車内の温度が急激に下がる。ハンドルを握りなおした小さな手の平に、何も言わずにシートベルトをすれば、合図もなく踏み込まれたアクセルに細い路地に急カーブして際々につっこむ。
がたがたとした揺れに、更に速まる速度。背後でがつんと何かがぶつかる音に、ボディの凹んだパトカーがサイドミラーに映る。
ぱっと明るく開けた視界に、サイドから背後へとついた数台の敵車。笑ってしまうほどに滑らかで荒い運転に、うきうきと煌めく瞳が愛おしくて。
「たのしいか?」
なんて、小さく呟く。途端にすぐ先のシャッターから飛び出してきたトラックが目に付けば、それを予測していたかのように、柔らかに伸びた腕がハンドブレーキを思い切り引く。タイヤの焼ける匂いに、上がる砂煙。弧を描くように滑るボディとは対照的に、戸惑うようにトラックの向こう側、急ブレーキを余儀なくされた数台の警察車両。
「たのしいぞ。」
ぽつりと呟くように漏れた言葉に、ゆっくりと響くエンジン音。
「ゾロが隣に居てくれるから。」
ふわりと微笑んだ表情があまりに優しくて、なぜだか泣きそうな程に潤んだ瞳に自身が映っているのが見えて。
「ルフィ。」
小さく恋しい名前を囁くも、それを遮るように猛スタートをきった車は止まらない。

ただただ風を受けて走る真っ赤な箱に囚われて、ふたり一緒に海を目指す。きっと、明日はのんびりした休日だと、心の奥で密かに信じて。


乗り換えた白いボディの美しいオープンカー。
波の音が聞こえる木陰で、テイクアウトしたハンバーガーを頬張れば、ぼんやりと青い空を眺めて笑う。
「どうかしたのか?」
ソースを口端につけて、小首を傾げる恋人の頬を親指で擦れば、
「屋根がないと隠れることもできないな。」
返した言葉に、からかうようにストローをくわえた唇は赤い。
「なんだ、ゾロ。もうパトカーいないのに、こわいんか?」
くすくすと甘ったるい声に、細い手首を掴んでシートに押し倒せば、バーベキューソース味の口元に唇を沈める。
「お望みなら、この先もここでするか?」
そう意地悪に返せば、真っ赤になる愛らしい頬に、遠くの方で慌てたように瞬く青い光が数台過ぎた。




流れる風景に、ころころ変わる耳に付く騒音。
唯一変わらぬ楽しげな運転手は、愛しい愛しいおれの恋人。









2017.09.09
シートの距離が貴方との距離。







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