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池底の昔話

(猫鯉・妖怪設定)


ひらりと揺れる鰭に、ぷくぷくと漏れる泡。
きらきらと瞬く瞳には黒い影。


真っ赤な橋が掛かった、真ん丸な池。その周りにはたくさんの睡蓮が咲き乱れていて。生命を感じぬ、静かなそこに、時折、波紋が現れては消える。
穏やかな風に揺らぐ新緑の髪を持った半獣の八重歯が光れば、池の中からぽこぽこ歌が漏れて。ちょんと水面に長い尻尾を垂らせばじっと待つ。
ざぷんと大きな水音がして現れたのは、下半身が魚の生物で。
「ルフィ。」
と尾をはむ桃色の唇をみて、猫の口から声が漏れた。
水面から上がる瞬間に引っかけてきたのであろう淡い色の花を頭に乗せて、くるりと大きな黒い瞳が煌めいた。
「ゾロ、いらっしゃい!」
天敵であろう魚食種相手のはずなのに、鯉の表情は柔らかで甘い。
「今日は、どんな冒険の話をしてくれるんだ?」
わくわくとした声に自然に笑みが浮かべば、猫の膝にどかりと鯉の上身が乗って、
「あと、お土産は?」
なんて、ほわりと柔らかな頬が、添えられた手のひらで形を変えた。

揺れる尾鰭は絹のようで、滑らかな鱗の肌は夢見るように艶やかで。その美しさに惑わされて伸ばされた手を掴んでしまえば、池の底に引きずり込まれてもう二度とは戻れない。
どこからともなく流れた昔話のせいで、誰も近付くことのなかった大きな丸池。迷子の子猫は知らずに訪れ、小さな声で呟いた。
「ひとりは寂しい。」
その声につられるように水中で煌めいた瞳は、今以上に大きくて、
「お前も、一人なのか?」
そう、甘い声が弾ける泡と共に漏れて。ぬっと細い腕が、睡蓮の葉の間から伸びた。その腕は雪のように白くて、それでいて肌は餅のように柔らかで。
掴んだ腕を引っ張れば、陸に上がった小さな身体。上身は人間なのに、腰から下はぴちぴちと跳ねる魚のもので。潤んだ瞳に映った自分を見つめれば、ふわりと表情が明るくなって
「おれ、ルフィだ!お前は、誰だ?」
そう、美しい姿には不釣り合いなくらい元気な声で尋ねられた。
絵巻物に描かれたような容姿に、子供らしい様が可笑しくてクスリと笑みを零せば、
「おれはゾロ。ロロノア・ゾロだ。」
低く温かな声が水面を揺らした。

それから何度試したって、ルフィと池を離すことはできなくて。ゾロが自分の住処に運ぼうと軽い身体を抱き上げれば、毛皮に触れた鱗が火傷して。どうにも前へ進めなくて。
「おれな、いつか星を拾いに行くんだ!」
その為に飛ぶ練習をしているんだと、水中をくるくる回るルフィが可愛くて、愛おしい。

どんな薬を飲ませてみても、ルフィの身体は変わらない。どんな術式を使っても、美しい鰭は、呪いのようにそのままで。
「おれ、ゾロとずっと一緒に居たい!」
無邪気に向けられた言葉は、きっと強い魔力を秘めていて。
「そうだな。」
なんて、零れた言葉に手の中で光る小瓶の中には、何やら怪しげに揺れる薬。

「愛してる。」
そう呟いた唇を重ねて、また踊る水面に目をやった。



いつか猫は池底に沈む。
望んで愛に溺れながら。








2017.1.9
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