アマリリス
尖った花弁をちょんと突けば、すらりと長い茎が振れて。
ほろりと、宝石のような雪融け水を落とした。
アマリリス。それは、愛のように赤い花。
ふわりと柔らかな雪の中、凛と立つその花は俺を見上げて、甘く甘く微笑んだ。
この細い身体をポキリと折ってしまうのは、簡単なこと。けれども、俺が躊躇うのは、この花があまりにも美しくきらきら輝くから。
子供みたいに温かな手を引いて、あの場所に駆ける。
「なぁ、ゾロ〜。どうしたんだ?」
そう呟いた唇みたいに艶やかな花で、この可愛い恋人を驚かせてやりたくて。
「…なんでもない。」
なんて、わざと視線を逸らす。
確か、この枯れた木を右だったはず…と、目印を越えても目の前に広がるのは白粉を塗っておしゃれした、沢山の木々。
シルクのような新雪をキシキシと踏み締めるルフィの裸足は、雪に溶けてしまいそうに白い。ふわりと吐き出された吐息も白い。
「ゾロ、寒い…。」
そう、囁く声さえ澄んだ空気に白く消えた。
そっと立ち止まって、抱き締めて。
そっとそっと冷えた頬を撫でれば、
「ごめんな。」
と小さく囁いた。
俺が急に連れ出さなきゃ、この愛しい身体は震えやしなかったのに。サラリと揺れた黒髪を撫でて、抱く腕に力を込めれば甘い甘い吐息が首にかかって。
「…きれい、だ。」
そう呟いた、きらりと揺れるその瞳の先には、真っ赤なアマリリス。
ほろりと頬を伝う涙に唇を寄せれば、温かで。愛しくて。
まだ、開かない花弁を撫でて、冷えた手と手を繋いで笑った。
この花のように赤い赤いふたりの愛に…。
「あら、アマリリスを見付けたの?」
お風呂上りの船長さんの話に耳を傾ける考古学者の声がクスリと笑えば、ぴょこんと立ち上がった船医が不思議そうに首を傾げて、何やら書物を読み出した。
「それはとても珍しいものを見付けたのね、ルフィ。」
優しい声で、さらさらと流れる声はまるで母親のよう。
「おう!ゾロが見付けたんだぞっ!」
なんて、幸せそうに笑うルフィの背を綺麗な指がふわりと押して。
「なら、ありがとうって伝えてみたら?」
と静かに静かに囁いた。
「なぁ、ロビン…アマリリスって今の時期は咲かないよな?」
そっと近づいたチョッパーがキョトンとロビンを見上げれば
「普通はね。」
そう、黒髪を揺らして大理石のように美しい笑顔がふわりと零れた。
アマリリスの花言葉は
誇り、素敵、おしゃべり、内気の美しさ、
そして、虚栄。
「あのふたりには、似合わない花。」
クスクス笑う声を隠すように、大きな声が船内に響いて…
「ありがとう!」
そう叫ぶ船長さんには、きっと彼の恋人であるという誇りはない。
だって、それが当たり前の日常だから。
お互いの関係を素敵だと、特別視したりしない。
だって、それは運命だから。
真っ直ぐな言葉にあたふたする剣士さんは、おしゃべりではない。
なぜなら、きっと言葉にしなくとも伝わると確信を持っているから。
美しさを内に隠したりなんかしない。
なぜなら、ふたりは目移りなんていないから。
虚栄を嫌うふたりが強い相手を想うのは
飾りっけのない、ただの愛。
そっと開いた窓から入った風は刺すように冷たいのに、
船の脇に見えるのは、甘い甘い真っ赤な蕾。
「素敵な花ね、アマリリス。」
そう溢れた呟きに頷くように
小さな花は静かに揺れた。
2013/02/21
/貴方に触れるためならば、たとえこの身を毒しても。嗚呼、嗚呼、愛しのアマリリス…。
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