最善策は、その目を見開いて。


* * *


八月もお盆を迎え、夏休みの終盤戦へと突入する。

「ほらーおいでー怖くないよー」

みゃおーと鳴く黒猫に手を広げ誘う彼女と公園のベンチに座っている。暑いのに何故外なのかなんて、それは僕が聞きたいくらいだ。特にすることも、したいこともないくせに。

「別にいいじゃない。君、こうやって駄弁るのも青春なんだよ」
「誰だよそれ」

黒猫を抱き抱え、膝に乗せると案外気持ちいいのか彼女に撫でてほしいとゴロゴロ喉を鳴らす。試しに僕が手を伸ばしてみると嫌なのかキッと鋭い目でこちらを見てきたので手を引っ込めた。お前、人を見るなんてひどいな。

「でもね、夏は嫌いだよ」
「うん、そうだね」

暑いし、暑いし、騒がしいし、暑い。嫌いな理由を思い付くだけ言うと、彼女は苦笑しながら「そんなんじゃないでしょ」と猫の頭を撫でる。何か感じる、違和感。僕はこの彼女の何気ない言葉を知っていて、その答えも知っているのかもしれない。あるいは知らないのかもしらない。不快感が胸の中を渦巻く。騒ぐ蝉が煩い。

「また、夏が来たんだよ」

彼女が儚く笑った。
僕はただ意味がわからなかった。
膝に乗っていた猫が何かを察知したようにぴょんと逃げ出すと、公園の外へと走り出す。

「あっ!」

彼女が黒猫を追いかけ、道へ駆け出す背中を僕は見て追いかけた。多分、危ないんじゃないか。僕の本能が警鐘をけたましく響かせた。

点滅する青信号。横断歩道に飛び出す黒猫。追いかける彼女。変わる赤信号。気づかない彼女と、動き出すトラック。いきり立つようなクラクション。衝突音。そして引きずられる彼女の身体。伸ばしかけた手は所在無く宙を漂う。

それが現実世界で起きたことなのか、自分のただの妄想なのか。今の僕には判断できなかった。ただ、道路に横たわる見るに耐えない彼女のカラダと致死量の血はやけに生々しく感じたのはしっかり記憶にある。彼女のカラダ越しに揺れる陽炎が「嘘じゃないぞ」と嗤笑っていた。

そこで、僕と彼女の八月十五日が終わった。だいたい、午後十二時過ぎくらいだったと思う。





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