何にもない平凡で平和な一日中。天気も心がスッキリするくらいに良かった。空気を入れ換えようと窓を開ければ、とても静かな街並みが眼下に広がる。
何となく、暇潰しでつけたラジオから聞こえる悲しそうな男のアナウンサーの声。そして意味の分からない英文。

“Although it is very regrettable, the earth finishes today.”

私なりに汲み取ったのは、とても哀しい出来事を話しているんだということだけだ。そのあとにアナウンサーが日本語で言った。

「非常に残念ですが、今日をもちまして地球は消滅してしまいます」

疑いたかった。何を? 自分の耳を? アナウンサーの人が言った言葉を? どっちでもいい。とにかく疑いたかった。
動揺する心をごまかすためにヘッドフォンを耳にする。

「ねぇ、生き残りたいでしょう?」

聞いたことのある、けど不明なアーティストのタイトル不明な曲のワンフレーズか、それとも聞き慣れた私自身の声か。

「あの丘に行ってごらん。是が非でも二十秒で全てを知ることができる。生き残りたいなら行ってみなよ。疑わないで。ほら、二十秒先を目指してみなよ」

生き残りたい? それは私だけが?

「行かないのかい? 特別に君だけに教えてあげたのに」

ヘッドフォンから流れ出す声は、依然私を掻き立てる。あの丘、あの場所に行けば本当に知ることができるの? 手の込んだ罠なんかじゃないだろうか。

「外を見てごらんよ」

夕日のオレンジに溶けた街は先程と一変して様々な音が溢れていた。
渋滞にいらつく車のクラクションに、泣き叫ぶ声。怒号も感謝も哀れみも、全て全て聞こえた気がした。

「これが現実だよ。さぁ、丘においで」

全て、全てこのまま消え去ってしまうなら術はないのだろう。ヘッドフォンを耳につけたそのままにあの丘へと走り出した。

「――いい決断だよ。あと十二分」

老若男女も何も関係ない。世界の終わりを嘆いて祈りを捧げる神父も、それはただ無駄な抵抗だというのは分かっているだろうに。どこかへ逃げ出そうとしているのか、逃げ道なんてないのに。私は一人、そんなことを思いながら人込みの間を縫い、反対方向へと走り抜けていく。

「あと八分」

もしも明日世界が終わるなら、あなたは何をしますか? そんな陳腐な質問にこう答える。
「お腹いっぱい好きなものを食べる」
「この世界に生まれたことに感謝する」
「みんなと手を取り合って最期の瞬間を迎えたい」
「最悪だったと悪態をつけたい」
答えは実に様々だったけれど、この中に私の答えはない。だって明日世界が終わるなんてあまりにも非現実的で想像できないでしょう?

でも、現実は違ったみたいだ。

改めて私自身にその質問を繰り返してみる。明日じゃなく、今日だけど。

人々の悲鳴を聞かないよう、涙目になりながら走る。疑いたい。今置かれている自分の状況について。疑いたいよ、ねぇ。けれど疑いたいけどこれは――。

ヘッドフォンから最期だと言わんばかりに私の好きな曲が流れ出す。そしてそれと同時にまた聞こえた声。

「駆け抜けろ、あと残り一分だよ」

丘はすぐそこだ。

「素晴らしい。予想以上のデータだよ」
「光栄です、教授」

ぱちぱちと楽しそうに手を打つ音が聞こえた。丘に着いたのは夜が訪れる一歩手前の、青紫色に世界が染まった頃だった。あがった息を無理矢理に押さえ付け、白衣を纏った科学者達に見つからないように、眼下に広がった‘街’を見つめた。

疑うよ。
これは、疑う。
何を?
科学者達がやったことを?
私自身の目を?
それとも両方を?
疑うよ、ねぇ。
疑いたいよ、ねぇ。疑うよ。

「実験も終わったことだ。ここはもう不必要だな」
「ちゃんと用意しております」

かちゃりと取り出した手榴弾。きっとこの世界を吹っ飛ばすものなのだろう。呆然とそう思った。科学者達がレバーを外す。

なんの実験なのかは私が知る由はない。けれど今まで生きてきたこの街は、あいつらにはただの実験施設でしかなく、ただの箱庭だったんだ。そりゃあ疑いたいよ。

「君達の死は未来のためとなる。喜べ」

嗚呼、仕組マレタ小サナ箱庭デ私達ハ生キテキタンダナ。

アナウンサーの人が言ったことが本当だとするとこの世界全てが箱庭で、きっと同じことが今この瞬間に行われているのだろう。
科学者が次々と手榴弾を放り投げるのと同時に、今まで静かだったヘッドフォンから「ごめんね」と声がした。
それはどう意味?
町を実験施設にして?
この非現実的な現実を見せるように誘導して?
大きな爆発音と、燃え尽きていく街だったもの。これから私はどうしたらいいの? ヘッドフォンに問い掛けるとただ一言だけ返ってきた。
「疑わないで。君が見たたった一つを」





〜もしも明日世界が終わるとすれば、なんていう質問はあまりにも陳腐で、答えを見つけられなかったんだ〜
(それでもやっぱり)
(私は何とも答えられないよ)

―――
自然の敵Pことじんさまの「ヘッドフォンアクター」という曲を自分なりに解釈してみました。解釈というか文章にしただけというか。聞いたことのない方がいたら一度聞いてみてください。ちなみに歌っているのはIAです。またじんさまとは一切関係ありません。

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