デジタルワールドにたどり着くと、飛鳥くんは随分先まで進んでしまっていた。私たちは慌ててその後を追いかける。
「あ、飛鳥さーん!」
「飛鳥くん、待ってー!」
しかし飛鳥くんは、こちらを振り向きもしない。恐らく声は届いているだろう。でも、そのまま先を進んでいる。
「ちょ、ちょっとギブ……」
私はその場に座り込んで、息を荒らげた。このままだと、追いつきそうにない。
「ええっ、湊海ちゃん情けないぜー?」
「面目ない……」
大輔くんが口を尖らせ、私の背中をさする。や、優しさが胸に染みるぜ……。
「ふむ……。では、こういうのはどうでしょう」
『へっ?』
ラブラモンはそう言うと、にこりと微笑んだ。
「た、大変だあああ! 湊海ちゃんが転んじゃったぜえええええ!」
大輔くんが大声で、飛鳥くんたちに向かって叫ぶ。
「ぐす……い、いたいよぉ……」
私は目元を擦り、膝を押さえた。
「どぅあいじょうぶですかああああ湊海様あああああ」
「うわああああん! 湊海がしんじゃうよおおおおお!」
ラブラモンとブイモンも心配して私に駆け寄った。しかし顔は正面、すなわち飛鳥くんたちの方を向いている。
「ど、どうした!?」
あまりの剣幕に、飛鳥くんたちは慌ててこちらに戻ってきた。ロップモンも心配そうな表情をしている。
「えええん、痛いよぉ……」
「湊海ちゃんが、大怪我をしちゃったんだ!」
私が泣いている横で大輔くんが状況を説明する。飛鳥くんはそれを聞くと、血相を変え、私の方を向いた。
「えっ、ええ!? 湊海、ちょっと見せてみろ」
飛鳥くんがしゃがんだその瞬間、私はガバッと飛鳥くんに抱きついた。
「ふふ、つーかまえた」
「……やりやがったな、この」
飛鳥くんは頬を染めて、私の頭を小突いた。その様子を、ロップモンが苦笑いで見る。
「やったわね、ラブラモン……」
「おや、バレてしまいましたか」
ラブラモンの作戦はこうだった。
「湊海様たちには、今から一世一代の演技をして頂きます」
「と、いうと?」
「湊海様はすっ転んで、大怪我をしました。私たちはそれを見て大慌て、思わず叫んでしまうわけです」
「な、なるほど……」
私は思わず唸った。飛鳥くんの人の良さなら、恐らくこちらに戻ってくるかもしれない。騙すのは気が引けるが、仕方ない。緊急事態だ。
「俺、演技とか超苦手なんだけど。できっかなあ」
「大丈夫です。大輔さんがどれだけ大根でも、飛鳥さんは必ずやってきます」
「ダイコン!? 大輔、野菜だったのか!?」
「ぶ、ブイモン、それはちょっと意味が……」
とまあ、一波乱あったが、ラブラモンの筋書き通りに私たちは即席劇を行った。結果、見事大成功。飛鳥くん捕獲作戦は、無事完了した。
「でも、飛鳥さんこんなにいい人なのに、何でみんなあんな感じなんだろうな」
「……それは仕方ないことだよ。大輔くんや、湊海みたいにすぐ信じてくれる人は、いないさ」
飛鳥くんは大輔くんの言葉に、寂しそうに笑った。
「こーんなに優しい飛鳥に、あんな態度するなんて! 許せないわ!」
「こら、ロップモン。そうやって仲間を悪く言っちゃだめだよ」
ぷりぷりと怒っているロップモンを、飛鳥くんが宥める。どうやらこの2人は、こういう関係らしい。ロップモンは大人しい子だと思っていたが、実はそうではなかったようだ。私といるだけでは見ることが出来なかった一面、見られて嬉しいかも。
……まあちょっと辛口だけど、可愛いからよし。
「あっちは私たちのこと、仲間なんて思ってないからいいのよ」
「そうかぁ?」
そのロップモンの言葉に、大輔くんが声をあげる。私たちは大輔くんに注目した。
「仲間って思いたいから、タケルたちもああいう風に考えてんじゃないの?」
私は思わず目を見開いたが、ゆっくりと頬を緩めた。――突っ走っているようだけど、実はちゃんと見ている。そんな大輔くんだから、みんな大好きなんだろうな。
「……うん。どうでも良かったら、あんな風に自分の意見言わないと思う」
私も頷いて、大輔くんに同調した。好きの反対は嫌いじゃない。どうでも良い人なら、そもそも話を聞くことすらせず、敵と認定するだろう。――飛鳥くんを仲間と思いたい、でも思えないからこそ、タケルくんたちはあの発言をした。その大輔くんの見解は、間違ってないと思う。
……私だけじゃ気づけなかった。さすが大輔くん、だね。
「……飛鳥くん、ロップモン。ごめんね」
「どうしたの? 湊海ちゃん」
ロップモンはきょとんとした顔で私を見つめる。私はしゃがみ込んで、ロップモンの頭を撫でた。
「私、飛鳥くんが一生懸命話してるって分かったのに、何も言うことができなかった……。ロップモンにもあんなこと言わせちゃって……。だから、ごめん」
「あ、あら? 私は湊海ちゃんにそう言ったつもりはないんだよ? 湊海ちゃんの気持ち、私は分かってたから!」
「ロップモン……」
ロップモンは私に抱きつき、そう言葉をかけてくれた。思わず目が潤んでしまう。ロップモンはにこりと笑うと、胸を張った。
「私の中に湊海ちゃんの紋章があったんだよ? とーぜんよ!」
「う、うええっ!? それは知らなかった!」
ロップモンの発言に、飛鳥くんは驚いたようで、大声をあげた。
「前は人形やってたからねえ」
「ど、どういうことなんだ……?」
しみじみとしているロップモンを見ながら、飛鳥くんは首を傾げる。確かにその発言だけじゃ、何も分からないどころか混乱を生むだけだね。
「ふふーん。私たちも全部は話してないってことだよ」
「ええ。だから、これからいっぱい話を聞いて頂かないと、困ってしまいます」
私とラブラモンは、飛鳥くんに向かって笑いかけた。すると大輔くんが、手を挙げながらこちらに駆け寄ってくる。
「俺も! 俺も聞く!」
「はいはい、大輔くんたちにもちゃんと話しますよ」
私は大輔くんの頭を撫でた。しっかりしてるんだか、子どもっぽいんだか。全く面白い子だよ。思わずくすりと笑うと、飛鳥くんもつられたようで、頬を緩めた。
「……ありがとう、みんな」
飛鳥くんは小さくそう呟いた。大切な友達で、仲間だから。――私はずっと、飛鳥くんの味方だよ。