対立

 私たちは、飛鳥くんの話を聞いた後何も言葉を発することができなかった。ロップモンとの出会い、一乗寺くんとの出会い、紋章との出会い、そして、闇との出会い――。
 人の話というのは、どうしてもその人の主観が入りがちで、自分を悪くいうことを避ける。でも飛鳥くんは、ちゃんと全てを話してくれた。細かいところは話していないかもしれない。でも、大切なところはちゃんと。自分が嫌われるかもしれない、そう覚悟をして。
 その覚悟を、私たちはどう受け入れるべきだろう。そう思っていたときだった。


「俺は最初から飛鳥さんのこと、仲間だと思ってるけど」

「だ、大輔くん……?」

 大輔くんのあっけらかんとした様子に、思わず飛鳥くんは声をかけた。


「だって飛鳥さん、自分で悪いって思って、反省したんでしょ? じゃあいいじゃん。一緒にカイザーぶっ飛ばそうぜ!」

 大輔くんはにっと笑い、飛鳥くんに手を差し伸べた。――大輔くんのそういうとこ、大好きだよ。私もその後に言葉を繋げようとしたが、タケルくんが大輔くんの前に立ったので、口を閉じた。


「大輔くん、これはそんなに簡単な話じゃないと思うんだ」

 タケルくんは真剣な顔でそう言った。


「なんでだよ」

「経緯がどうであれ、飛鳥さんはカイザーと同じことをしたんだ。簡単に許すわけにはいかない」

「……私たちはともかく、デジモンはたくさん傷ついたわ。それに、紋章が黒く染まっているなんて……飛鳥さんは本当に、私たちの仲間って言えるの?」

 タケルくんに続けて、ヒカリちゃんが険しい表情で飛鳥くんの方を見た。私はヒカリちゃんをたしなめるよう、肩をぽんと叩いた。


「ヒカリちゃん、そんな言い方は……」

「湊海お姉ちゃんたちは、飛鳥さんが友達だから庇っているのよ。私たちはそういう訳にはいかないわ」

 ヒカリちゃんは私の手をそっと取ると、私と京ちゃんを見比べた。大輔くんは別枠なようで、相手にされていない。


「ヒカリちゃん……」

 京ちゃんが小さく呟いた途端、パソコンから着信音が鳴った。


「こんな時にメール……あっ」

 メールの差出人は、最近話題のあの人物だった。


「ゲンナイさんからだ……」

『ゲンナイさんから!?』

 その私の言葉を聞いて、タケルくんとヒカリちゃんが叫ぶ。ここしばらく連絡なんて取ってなかったのに――。するとロップモンがわなわなと震え始め、パソコンに殴りかかろうとした。


「わっ!」

「あんのくそじじいいいい! 飛鳥がこんなに困ってるのに……! 今頃連絡寄越すなんて、許せん!」

「ろ、ロップモン落ち着いて……」

 怒り狂うロップモンを何とかラブラモンが押さえる。確かに紋章を渡した後、何で連絡くれなくなったんだろう。だからみんなにめちゃくちゃ言われるんだよ、あのじじい。


「と、とりあえず読むね」

 私はこほんと咳払いをし、メールの文面を読み始めた。


『選ばれし子どもたちよ。久々じゃの。
何やら色々大変なようじゃが、良い知らせがある。
実は、デジメンタルが新たに見つかったのじゃ。しかもこの反応は今までのデジメンタルとは違う、新たな反応じゃ。
恐らく、奇跡のデジメンタルじゃろう。
地図を添付したから、その通りに進めば見つかるはずじゃ。
また、お主たちも知っている通り、デジメンタルは新しいデジヴァイスでも反応する。その2つをうまく使って、デジメンタルを見つけるのじゃ。では、健闘を祈る』

 私が文面を読み終えると、みんなは顔を見合わせた。


「奇跡の……デジメンタル……?」

「ってことは、これは飛鳥さんの……」

 私たちは、一斉に飛鳥くんの方を向いた。当の本人も困惑気味のようで、デジヴァイスを胸元にぎゅっと握っていた。


「タケルさんやヒカリさん、湊海さんと一緒の例なら、もしかしたら……」

「よーし! 早速行こうぜ!」

「私も行く」

 大輔くんの号令に、私は頷いてD-3をポケットから取り出した。しかし、それも全員とはいかないようで、タケルくんたちはぴくりとも動かなかった。


「……僕は行かない」

「私も行かない」

「僕も……」

「タケル、ヒカリちゃん、伊織! なんで……!」

 大輔くんはタケルくんたちの方を見て、そう叫んだ。タケルくんは一息つくと、口を開いた。


「そもそもそれ、本当にゲンナイさんからのメールなの?」

「一応メールアドレスはゲンナイさんのものだけど……」

 私は念のため、メールを確認した。間違えない、このメールアドレスは、ゲンナイさんのものだ。まあ、メールが乗っ取られていたら話は別だが――。


「もしそうだとしても、私はまだ飛鳥さんのことを信じられない……。だから、一緒に行くことはできないわ」

 ヒカリちゃんはそう言うと、目を伏せた。そんなヒカリちゃんを見た京ちゃんは、伊織くんに話しかける。


「い、伊織も行かないの?」

「……あのとき、不思議に思ったんです。なんでそんなにデジモンに慣れているんだろうって」

 あのとき、というのはこの前の大輔くんの試合での出来事だろう。確かに、今思えば飛鳥くんはデジモンに慣れすぎていた。私はそれに違和感はなかった。もう随分とデジモンと一緒にいたから。でも、伊織くんは、デジモンと一緒にいるようになってから、日が浅い。だから、飛鳥くんの違和感に気づくことができたのだろう。


「それは、あなたが選ばれし子どもで……カイザーの仲間だったからなんですね。なのに、あんな笑顔でウパモンたちに接して……」

 伊織くんの目からは涙が溢れそうになっていたが、ぐっと堪え、目をゴシゴシと擦った。伊織くんは飛鳥くんを見据え、静かにこう呟いた。


「……僕も、あなたを信じることができません」

「伊織……」

 飛鳥くんは伊織くんの名前を小さく呼んだ。


「……ごめんな」

 そう謝ると、飛鳥くんは伊織くんの頭をぽんと撫でた。そのままPCの前に立ち、操作をし始める。手馴れた手つきで地図をプリントすると、それを鞄にしまい、再度パソコンの前に立った。


「……これは、俺1人で行ってくる」

「ひ、ひとりでぇ!? ロップモン、進化できないんだろ? さすがに危な過ぎる!」

「……全部話して分かったんだ。俺のしたことは、そう簡単に許されちゃだめなんだって」

 大輔くんが両手を振り、慌てている横で、飛鳥くんは冷静に呟いた。拳をぐっと握ると、私たちの方を振り返った。


「聞いてくれてありがとう」

 飛鳥くんは、寂しそうに微笑みかけた。その表情に、心臓がきゅっと締め付けられる。


「ロップモン、行こう」

「……うん」

 飛鳥くんがゲートをくぐった後、ロップモンはこちらを振り返り、睨みつけた。


「飛鳥のこと傷つけたら、許さないんだから……。例え、仲間でも……。私は賢のことだって、許してない」

 ロップモンは目を潤ませ、こう叫んだ。


「でも、あんたたちはもっと許せない! 飛鳥のいいとこ、ひとつも分かってないんだから!」

 ロップモンはそのまま、ゲートに飛び込んでいった。パソコン室が静まり返る。ロップモンの言葉に、私たちは何一つ返すことができなかった。――飛鳥くんがどんな気持ちで話したのか、1番近くで見ていたのはロップモンだ。後で、ちゃんと謝らないと。……2人に。


「ロップモン……」

「ああ、もう! 俺は行くからな! チビモン、来い!」 

「おお!」

 チビモンは大輔くんの頭にぴょんと乗った。大輔くんは後ろを振り返り、私に手を伸ばす。


「湊海ちゃんも行こうぜ」

「……うん。ラブラモン」

「はい」

 ラブラモンは静かに、私の横に立った。その様子を京ちゃんはオロオロと見つめていた。私はそんな京ちゃんに、そっと声をかけた。


「……京ちゃんは、どうする?」

「私は……よく分からない、けど」

 京ちゃんはいつもより声が小さく、自信がなさそうだ。でも、何かを決意したように、私を真っ直ぐ見据える。


「……飛鳥くんのことを、信じたい」

「ふふ、さすが」

 信じる、じゃなくて信じたい、というところが京ちゃんらしい。でも、京ちゃんのそういうところ、友達で良かったって思うな。


「じゃあみんなのこと、頼んだよ」

「……ええ!」

 京ちゃんならきっと、みんなを連れてきてくれるから。


 こうして私たちは、デジタルワールドへ向かった。飛鳥くんの気持ちも、ロップモンの気持ちも、タケルくんたちの気持ちも……私は分かりたいと思う。でも、分からない。私は私だから。飛鳥くんは飛鳥くんだから。
だけど、私の思いはただひとつ。仲間を誰も、傷つけたくない――。







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