動く要塞メイルドラモン


 私たちは現実世界に戻ってきた。辺りはすっかり暗くなっている。

「さっそく説明を……って言いたいところだけど、これは明日になっちゃうかな」

 私は窓から空を見上げた。恐らく、飛鳥くんの話は長いものになる。とてもじゃないが、今日中に終われるとは思えない。


「そうだね。明日も学校あるし……」

「今日は帰ろうぜ。えっと……飛鳥さんもいいですよね?」

 タケルくんが私に同調すると、大輔くんもみんなにそう呼びかけた。そして恐る恐るといった様子で、飛鳥くんに伺う。


「……うん。じゃあ明日、パソコン室で。俺は先に帰るね」

「あ、待って!」

 踵を返し、足早にパソコン室を去ろうとしている飛鳥くんを大輔くんが呼び止める。


「カイザーと揉み合いになったとき……その、紋章?ってやつ取り返そうとしたんだけど、できなくて……ごめんな」

 大輔くんは頭を掻いて、申し訳なさそうに謝った。その大輔くんの発言は飛鳥くんにとって意外だったようで、大きく目が見開く。飛鳥くんは泣きそうな表情になっていたが、ぐっと堪え、にこりと笑った。


「……ありがとう。大輔くん」

 飛鳥くんはそのまま、パソコン室を出ていった。
パソコン室はいつもと違い、静寂な雰囲気になっている。誰も言葉を発そうとしない。飛鳥くん、君は一体……。


「ねえ……」

 不意に、京ちゃんが口を開いた。みんなの視線が一斉に彼女へ集中する。


「一体紋章って、何なの?」

「紋章は、選ばれし子どもの最も素晴らしい個性に合わせて作られた、デジモンを正しく進化させるためのものなんだ」

「えっと、私は少しの間しか持ってなかったんだけど……」

 京ちゃんの質問に、タケルくんが答える。ヒカリちゃんは紙とペンを取り出すと、さらさらと書き始めた。


「こういう形で、胸にかけていたの」

「へえ……ちょっとオシャレかも」

 ヒカリちゃんが紙を見せると、京ちゃんは目を輝かせた。


「紋章には、それぞれ意味があるんだ。例えば、太一さんは勇気の紋章」

「俺のデジメンタルと同じだ!」

「そう。空さんの愛情、そして光子郎さんの知識は、それぞれ京ちゃんと伊織くんに引き継がれたんだね」

 私がそう笑いかけると、3人は少し照れくさそうに笑った。


「そして、タケルくんは希望の紋章。タケルくんはいつも私に……私たちに、希望を与えてくれた」

 私がタケルくんの肩の上に手を置くと、タケルくんは嬉しそうな、でも少し恥ずかしそうな顔でこちらを見つめた。


「湊海お姉ちゃん……」

「ヒカリちゃんの紋章は光。ヒカリちゃんの光は、私たちを照らして、導いてくれた」

 ヒカリちゃんは私に微笑むと、言葉を繋げた。


「湊海お姉ちゃんの紋章は、慈悲」

「湊海お姉ちゃんは、いつも僕たちを助けてくれた。優しくしてくれた。一緒に泣いてくれた」

「だから私たちは、自分の紋章を輝かすことができたの」

「ヒカリちゃん、タケルくん……」

 私がそう呟くと、2人はにこりと笑った。2人は、私に――私たちにとって、特別だった。ピンチになったときは、いつも助けてもらっていた……そう思っていたけど、タケルくんたちも、同じことを思っていたんだね。すごく、嬉しいな。


「僕たちにとって、紋章は本当に大切なものなんだ」

「その、紋章は今持ってないんですか?」

 タケルくんがそう言うと、伊織くんが疑問をぶつける。私たちは思わず、顔を見合わせた。そう、今は……。


「……3年前の冒険の、最後の戦いで壊されてしまったの」

 私は小さく答えた。胸元をぎゅっと握っても、紋章は戻ってこない。でも、紋章は私の心に――みんなの心に残っている。


「だから紋章は、もう無いはずなんだけど……」

「でもカイザーが持っていたのは、間違いなく紋章だった」

 ヒカリちゃんが眉を潜めて呟く。タケルくんははっきりとそう言った。


「あれ、多分飛鳥さんの紋章なんだろ? 何でカイザーが持ってるんだ?」

 すると大輔くんが、私たちにそう問いかけた。――そう。もしあれが飛鳥くんの紋章なら、カイザーが持っているのはおかしい。それにあの色も……。


「それを含めて、僕たちは飛鳥さんに話を聞かなければならない」

「敵か味方か、それを含めて……ね」

「そんな、敵なんて……」

 ヒカリちゃんの発言に、京ちゃんが反応する。


「カイザーだって選ばれし子どもなのに、あんなことをしているじゃないですか」

「それは、そうだけど……」

 ヒカリちゃんの反論に、京ちゃんが目を伏せる。伊織くんはそんな2人を、オロオロと見つめていた。


「……今日は、帰ろう。もう遅いしな」

 大輔くんの言葉に、私たちは頷く。帰りもあまり、言葉を発することはなかった。各々、考えるところがあったのだろう。――私も含めて。




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