嵐の前の静けさ

「頑張ってー!」

「やれー!」

「頑張れ、大輔ー!」

「大輔くん、頑張れー!」

「ファイトー!」

 私たちは、大輔くんを応援した。すると後ろから、バスのクラクションの音が聞こえた。

「あっ!」

 京ちゃんも気づいたようで、後ろを振り返る。


「お会いできるのねぇ……」

 京ちゃんは恍惚とした表情で、ポロモンのことを潰した。ぽ、ポロモオオオン!
 すると即座に女の子たちがバスを囲んだ。これも一乗寺くん効果なのかしら……。随分モテモテだなあ。
バスからは選手が続々と降りていくが、一乗寺くんの姿はない。ついに、最後の1人になったが、一乗寺くんが出てくることはなかった。


「いた?」

「いなかったみたいだけど……」

 ヒカリちゃんとタケルくんは呆然とした様子でそう呟いた。おっかしいなあ、何でいないんだろう。練習試合じゃ来ないってこと? な、生意気な……。それとも、実力があるということの現れなのだろうか。


「なんで……? なんで賢くんいないのよ!?」

「ほ、僕に言われても……」

 京ちゃんの剣幕に、伊織くんが困惑の表情を浮かべる。


「なんでよぉ!?」

「私に言われても困りますぅ……」

 京ちゃんはまたポロモンを潰した。うわあ、すっごく面白い表情になってる。


「一乗寺くんが早く来てくれないと、ポロモンずっと潰されてそう」

「ははっ、来るといいけどな……」

 私の言葉に、飛鳥くんは声に出して笑った。主な目的は大輔くんの応援だけど、天才少年とやらも見られるなら見てみたい。
しょせん私も、ミーハーってやつなのかしら。


「仕方ない、ちょっと大輔んとこ行ってくるわ」

 太一さんはそう言うと、席を立った。どうやら大輔くんを励ましにいくらしい。


「湊海様。大輔さん、相手のチームの方に行ってます」

 ラブラモンの視線の先を見ると、大輔くんは相手チームの人に話を聞いていた。恐らく、一乗寺くんのことだろう。


「やっぱり気になるんだろうねえ」

「あったりまえじゃない!」

「なんで京さんが胸を張るんですか……」

 私の呟きに、京ちゃんが得意顔で答える。そんな京ちゃんに、伊織くんは呆れながらツッコミを入れた。今日の京ちゃん、普段以上にボケに走ってるな……。


 太一さんは大輔くんを呼ぶと、真剣な表情でアドバイスを言っていた。程よいタイミングのところで、タケルくんも声をあげる。


「大輔くーん! ひょっとしたら勝てるかもしれないじゃないか! 優勝チームに!」

「そうよ、頑張って!」

「応援してるからね!」

 ヒカリちゃんと私も、続けて大輔くんにエールを送った。


「ああ、任しとけ!」

 そんな私たちに、大輔くんは拳を握って答えてくれた。ふふっ、やっぱり格好良い!


「なんで賢くん来ないのよ、何のためにここまで来たのよあたし!」

「だ、大輔くんの応援のためじゃないの!?」

「京さん……」

 私は思わず京ちゃんにツッコミを入れた。京ちゃんは相変わらずポロモンに当たり、横に思いっきり引っ張っていた。ポロモンはというと、すごい顔になっている。ちょ、ちょっと痛そう……!
 伊織くんは悲しそうな目で京ちゃんを見つめていた。

 そうこうしているうちに、ホイッスルの音がなり、試合が始まる。大輔くんのチームは、相手が優勝チームにも関わらず、良い戦いっぷりを見せていた。パスもしっかりと回っている。その中でも大輔くんは一層輝いていた。前半の終盤ではヘディングシュートを決め、歓声を浴びていた。


『やった!』

 私は思わず、隣の飛鳥くんと手を握りあった。やっぱりサッカーの試合は、盛り上がる。

 ホイッスルの音が鳴り響き、前半が終了した。スコアボードは0-1。大輔くんのチームが、1点リードしている。


「おおっ、ばっちり撮れてんじゃん!」

 大輔くんはヒカリちゃんのカメラを覗き込むと、にっと笑った。


「へー、どれどれ」

 私も横から覗いてみると、ゴールを決める直前の、ヘディングした姿が写っている。真剣な表情をしており、とてもかっこいい。大輔くんファンに高く売れる写真である。問題は、その大輔くんファンがいないということだが。


「うん、いい感じに撮れてる!」

「かっこよかったぜ、大輔!」

「あったり前だろー?」

 チビモンは目を輝かせ、大輔くんの方を見る。大輔くんも得意げに笑い、チビモンを見つめ返した。


「後半も、頑張って!」

「1点リードしてるからって、守りに入るなよ。相手はそこにつけ込んでくるからな」

「だいじょーぶ大丈夫! ハットトリック決めてやりますよ」

 太一さんのアドバイスに、大輔くんが頷くのと同時に、土手の上で歓声があがった。


「きゃー!」

「賢くーん!」

「こっち向いてー!」

 数人の女の子に囲まれ、一乗寺くんがタクシーから降りて来た。お、おお……これは……。


「社長出勤じゃん。かっこいいー!」

「注目するとこ、そこなの!?」

 私のその言葉に、タケルくんがツッコミを入れた。えー? だって、タクシーで、しかも遅れてくるなんて……社長みたいで、かっこよくない?


「やっと来たな……」

「本物よ! 本物の一乗寺賢よー!」

 大輔くんが静かにつぶやく横で、京ちゃんが大声をあげる。すると、その声が聞こえたよか、一乗寺くんがこちらを見た。その瞬間、隣の飛鳥くんの表情が強ばる。


「飛鳥くん、どうしたの?」

「ああ、何でもないよ」

 私がそう問いかけると、飛鳥くんはぱっと表情を変えた。ふむ。天才少年のことを見て、緊張でもしたのかな。


「やはり一乗寺さん、かっこいいですね」

「うん。遠目だけど、写真よりかっこいいかも。モテるはずだよ」

 私はラブラモンの言葉に頷いた。端麗な顔つきをしている。ヤマトさんやタケルくんもかっこいいけど、それとはまた違うかっこよさだ。チョコ何個貰うんだろ……。



「……何でも、ないんだ」







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