デジメンタルアップ

 次の日の放課後の事だ。

「湊海ちゃん、先に行ってて! あたし一旦家に帰るから!」 

「分かった、また後でね!」

「うん!」

 京ちゃんはそう手を振ると、教室の外へ駆け出した。私もランドセルを背負い、パソコン室へ向かう。


「湊海!」

「あ、飛鳥くん」

 すると教室を出る直前、飛鳥くんに呼び止められた。


「どうしたの? 今日も部活来られないって言ってたよね」

「ああ、それはそうなんだけど……」

 飛鳥くんは頭をかき、気まずそうに下を向いた。それでも何か言いたい事があるのか、すぐに顔をあげ、私を見つめた。


「湊海たちはデジタルワールドに行くんだろ? ……気をつけてな」

「う、うん……」

 私が頷いたのを確認すると、飛鳥くんは「またな」と教室を出ていった。どうしたんだろう、やっぱり元気がないような――。私は首を傾げた。ここ最近、ずっとそんな感じだ。日中はそうでもないのだけど、放課後になると憂鬱そうにしている。土日の様子は分からないが、そこら辺はどうなのだろう。習い事……という訳でもなさそうだし、何かあるのかな――?


「……ん?」

 そう考えながら歩いていると、3年生の教室の前を通った。1人の女の子が黙々と読書をしている。みんなもう帰っているのに……。


「失礼しまーす……」

 不思議に思った私は、一歩中へ入った。女の子は集中しているようで、こちらを全く見なかった。余程面白い本でも読んでいるのかな……?
少しずつ近づいていくと、私はある事に気がついた。どこか見覚えのある顔だ。……もしかすると、この子は――。


「……結月ちゃん?」

 私がそう声をかけると、女の子はゆっくりと顔をあげた。


「貴女は、兄さんの友達の……」

「湊海だよ。久しぶりだね」

「……ええ」

 結月ちゃんは小さく頷いた。
結月ちゃん――飛鳥くんがとても可愛がっている妹だ。最近機会が無かったから、会うのは随分久しぶりな気がする。私は結月ちゃんの前の席に座った。


「お家帰らないの?」

 私がそう尋ねると、結月ちゃんはぴくりと眉を動かした。


「帰った所で誰もいませんから」

「……え?」

 結月ちゃんのその返しに、私は思わず声を漏らした。


「あ、飛鳥くんは? 家にいないの?」

「いませんよ。たまにいても部屋に閉じこもって出てきませんし」

「そうなんだ……。どうしたんだろうね……」

 私は思わず腕を組んで考え込んだ。結月ちゃんに訊けば分かると思ったのだが――そういう訳にはいかないらしい。一体飛鳥くんは何をしているのだろう……。部屋に閉じこもるってのも、飛鳥くんらしくないし……。


「……どうでもいいですよ。あんな兄の事なんて」

 すると結月ちゃんは吐き捨てるようにそう呟いた。その口調に内心驚いたが、とりあえず話を続けた。


「で、でも結月ちゃん、飛鳥くんと仲が良いじゃない? この前も飛鳥くん、結月ちゃんの為に走って帰ってたし……」

「仲が良かったなんて、何年前の話をしてるんですか!?」

 私の言葉を遮り、結月ちゃんは思い切り机を叩いた。そのまま私をぎっと睨みつける。


「私は、兄の事が大嫌いなんです……!」

「結月ちゃん……」

 結月ちゃんは怒りと悲しみが混じった表情をしており、今にも泣きそうになっていた。――前に会った時はあんなに仲が良かったのに、どうして……。ふと、3年前の2人の笑顔が頭に浮かんだ。飛鳥くん……、結月ちゃん……。

 結月ちゃんはランドセルに本をしまうと、すっと立ち上がった。


「……今後、兄の事で話しかけるのはやめてください。では、失礼します」

「ゆ、結月ちゃん!」

 私は駆け出した結月ちゃんを追いかけ、教室の外へ出た。すると丁度、隣の教室から出てきた伊織くんと鉢合わせになる。


「あれ、湊海さん?」

「伊織くん!」

 その間に結月ちゃんは下へ降りてしまった。あそこまで行ったら、追いかけるのは無理かな……。私は肩を落とした。


「はあ……」

「さっきの方って結月さんですよね。飛鳥さんの妹の……。どうしたんですか?」

 思わずため息をつくと、伊織くんがそう尋ねてきた。


「実は……」

 私は伊織くんと一緒にパソコン室へ向かいながら、先程の出来事を説明をした。


「僕が飛鳥さんたちと出会った時には、もう仲は良くなかったかと……」

 話を聞き終えた伊織くんは、顎に手を当てそう呟いた。


「そうなの?」

「はい。飛鳥さんは結月さんをとても気にかけているのですが……結月さんの方がどうも……」

「………」

 私は無言で考え込んだ。飛鳥くんの方は変わっていないのか? じゃあ何故、結月ちゃんはあんなに飛鳥くんの事を……。


「彼女、昨年同じクラスだったんですが、誰にでも敬語で、礼儀正しい方でした。勉強もクラスで1番出来ていたし……そんな様子な結月さん、想像もつきませんね」

「……うん」

 確かに礼儀正しくて、いい子だったと思う。なら尚更、飛鳥くんを嫌う理由が分からない。兄妹の事情なので深くは突っ込めないが――飛鳥くん、大丈夫かな……。結月ちゃんも……。
 心がモヤモヤと渦巻いていたが、頭を振ってリセットする。――ここからは、デジタルワールドの事を考えないと。



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