「……湊海お姉ちゃん」
「……なあに?」
タケルくんに声をかけられ、私はゆっくりと振り向いた。緊張しているというのは、内緒だ。
「ごめんね。大人げないこと言って……ただの僕のワガママだった」
タケルくんは素直に、私に謝ってくれた。私は首を横に振り、タケルくんに近づく。
「……ううん。私の方こそ、本当の意味でタケルくんの気持ち、考えられてなかったと思う。ごめんね……」
私はタケルくんの手をそっと握った。タケルくんはきっと、私と同じことを考えてくれる。そう思っていたのかもしれない。――思ってしまっていたからこそ、こんな事態を起こしてしまったのだろう。
タケルくんも私も、それぞれ考え方が違うはずなのに。そう思ってしまっていた。タケルくんが怒るのも、無理がない。私は一方的に、気持ちを押し付けていたんだ。
「……3年前からずっと、一緒だったのにね。どこから間違っちゃったんだろう。ずっとすれ違ってた気分」
「……それはきっと、僕と湊海お姉ちゃんの気持ちがちょっと違ったからだよ」
「……それ、前にも言ってたよね?」
「言ったよ。まあ今でもわかってないみたいだけど……いいよ。仕方ないもの。いつか伝える。きっとね」
「うん……」
私が頷くと、タケルくんは私の髪に触れた。どうやら先ほどは付けていなかった髪留めに、気づいたようだ。
「……って、それ可愛いじゃん。いつの間に付けてたの?」
「賢ちゃんがくれたんだ。手作りなんだって」
「ふーん……」
タケルくんの怪しげな笑いに、私は思わず後ずさりをした。どういう感情なんだ……?
「な、なに……?」
「一乗寺もなかなかやるなって思ったんだよ。ちょっと悔しいなあ」
タケルくんは私の手を握ると、にっと笑った。
「悔しいから、ちょっと来て」
「え、ちょっ、タケルくん?」
タケルくんに引っ張られるがままにたどり着いたのは、学校の近所にある雑貨屋さんだった。ここはおしゃれな女の子たちに人気の店で、お台場小の子も、結構来る。
そして知っての通り、タケルくんは人気者だ。相変わらず手を繋いだままの私たちを、女の子たちはジロジロと見ていた。恐らくお台場小の児童だろう。
「タケルくん、めっちゃ見られてる……手離さないの?」
「そんなのどうでもいいって」
タケルくんはぎゅうっと私の手を握った。どうやら離す気はないらしい。少し恥ずかしいが、嫌な気はしない。私はそっと握り返した。ごめんよ、タケルくんファンの女の子たち! 明日には返すからね!
「タケルくん、私そんなにお金持ってないよ?」
適当にアクセサリーを眺めつつ、私はタケルくんに伝えた。今日は月末で、お小遣いは底をつきそうだ。無駄なものを買っているとか、そういうわけではないのだが、ラブラモンのご飯やデジタルワールドで必要なものを買うと、どうしてもお金がかかる。そういうわけで、私の財布はすっからかんなのだった。
「僕が買うからいいの。うーんと……」
タケルくんは何かを見つけると、嬉しそうに手に取った。
「こういうのでしょ。湊海お姉ちゃんが好きなの」
そうタケルくんが渡してきたのは、犬のマスコットだった。つぶらな瞳をしており、ハートを抱っこしている。どうやらふたつ組のストラップのようで、ハートがピンクと赤の色違いになっていた。
「うん、すごくかわいい!」
「おっけ。じゃあ買ってくるね」
「え、でも……」
「いいからいいから」
タケルくんは私の頭をぽんぽんと撫でると、レジに向かっていった。――うーん。モテる男がやるやつだ。
私たちはお店から出て、近所の公園のベンチに座った。ちなみに先ほどのマスコットは、私がジュースを奢ることでチャラにしてもらった。正直なところ値段は全然違うのだが、お金がないものは仕方ない。
「はい、できた」
「ありがとう、タケルくん」
タケルくんは犬のマスコットをランドセルに付けてくれた。
「ひとつは僕がもらっていいかな?」
「もちろん。元々タケルくんのお金だし……」
「では、遠慮なく」
タケルくんはそう言うと、自分のランドセルに手際よくマスコットを付けた。私はその間、コーラを飲んでいた。騒いだからかやけに喉が乾いている。今日は何だかんだで疲れたなあ。
タケルくんはつけ終わると、私に見せてにこりと笑った。
「お揃いだね、湊海ちゃん」
「うん……って、へっ?」
その聞き慣れない呼び名に、私は思わず聞き返した。
「今、なんて……?」
「湊海ちゃんって呼んだんだよ。それとも、湊海の方がいい?」
「いや、そういう問題じゃなくて……!」
私が慌てているのにも関わらず、タケルくんは自分のペースで話を続けた。そういうところが、よくわかんないの!
「湊海ちゃん。僕、湊海ちゃんの弟分やめる。それは大輔くんや一乗寺に譲ってあげるよ。でも……」
タケルくんは私に近づくと、急に抱きついてきた。そしてそっと、囁くように呟く。
「貴女の隣は、誰にも渡したくないから。覚悟しててね、湊海ちゃん」
「そ、それって……?」
よく意味がわからなかった私は、タケルくんに聞き返した。
「やっぱり分かってないなあ。ま、これから徐々に……ね?」
「う、うん……?」
タケルくんはくすくす笑うと、口の前に人差し指を立てた。ヒカリちゃんもしかして、大変なことになるってこのこと――?
「でも良かった。タケルくんと仲直りできて。お姉ちゃんじゃなくなったのは、ちょっと寂しいけど……やっぱりタケルくんは特別だよ。私にとって」
「ああもう……そういうの、ずるいよ」
タケルくんは私の言葉に、頬を赤く染めた。――私だって、やられっぱなしじゃないんだから。
「大好きだよ、タケルくん」
「……僕も大好きさ。決まってるでしょ」
そう言った私の頬も、きっと赤くなっている。本音を伝えるのは、ちょっぴり恥ずかしいのだ。