「はあ……もう本当にびっくりしたわ……」
京は大きく息を吐いて、椅子に座り込む。その間タケルはずっと無言だった。
「湊海ちゃん、喧嘩なんてするタイプじゃないじゃない? ヒカリちゃんともほとんどしないみたいだし……」
「……僕も初めて見たよ。あの人があんなに怒る姿」
京の問いかけにタケルは小さく頷いた。京はそんなタケルの姿を見て、苦笑いを零す。
「ひとつ聞いていい?」
「……何?」
「タケルくんってさ……湊海ちゃんのこと……」
京の質問の意味がわかったらしいタケルは、恥ずかしがることもなく答えた。
「……多分、誰にも負けないくらい好きだよ」
「わあお……」
京は思わず口を抑える。恋愛話は聞くものの、生でこんなこと場面に出くわしたことはない。薄々気づいていたことだが改めて聞くと、こちらの方がドキドキする。京はそう思った。
「で、そんな大好きな湊海ちゃんと、何で喧嘩しちゃったのよ?」
「……何もわかってないから」
京の質問に、タケルはぼそりと答えた。
「あの人はいつもそうだ。自分に向けられる好意には鈍感で、こっちがどんなに好きだって、指の間をすり抜けるように、他の人のところに行ってしまう」
タケルは自分の手を見つめながら、そう話した。京は困ったように眉を顰めて、タケルのことを見つめる。
「……誰にだって、優しくする。元敵だろうが関係ない。すぐ自分のことのように……自分のこと以上に心配して、寄り添う。だから僕は、あの人の特別になんて、なれないんだ」
「うーん……」
京は思わず顎に手を当てた。どうやらこのひとつ年下の男の子は、相当大人なことを考えているようだ。とてもじゃないが、小学生の発言とは思えなかった。
しかし京には、ひとつアドバンテージがある。それはずっと、同じクラスで湊海と一緒にいたということだ。 いとこのヒカリは、あくまでも『いとこのお姉さん』としての湊海のことはよく知っているが、『6年生の女の子』である湊海は知らない。それを知っているのは、この場では京だけだった。
「これは憶測なんだけど。いいかしら?」
「……なに?」
「湊海ちゃんって、クラスでもそんな感じなのよ。誰とも仲良くして、例え悪意をぶつけられても、サラーって流して、気にしないの」
京はジェスチャーを付けながら、普段の湊海のことを説明した。タケルも多少気になるようで、京の話に耳を傾ける。
「だから、タケルくんと喧嘩をしたというのはすごいことだと思うのよね。飛鳥くんだって、湊海ちゃんと1回も喧嘩したことないみたいだし。もちろん、私もよ。湊海ちゃんと喧嘩なんて考えられない。
それができたタケルくんは……やっぱり、特別なのかなあと思うわよ。私は。湊海ちゃんが本音をぶつけられる、唯一の相手なのよ。きっとね」
その京の言葉に、タケルは大きく目を見開いた。
「……そう、なのかな」
「そうよ。湊海ちゃんの1番の友達の話、聞き入れられないっていうの? 言っとくけど私、湊海ちゃん泣かせたら承知しないからね!」
「うわっ」
京はタケルの背中をぱしんと叩いた。それは思っていたより強かったようで、タケルは前によろける。
「あ、ごめん。強かった?」
「……ううん。気合い入れ直すには、丁度良かったよ。ありがとう、京さん」
タケルのいつもの笑顔に、京は満足げに頷いた。
「湊海ちゃんに、ちゃんと謝りなさいよ?」
「……うん」