本当の正義


 今日も私たちは、デジタルワールドでボランティアをしている。今作業している街はとてもカラフルで可愛い。ヒカリちゃんと京ちゃん、そして私は、壁のペンキ塗りをした。ちょっと大変だけど、楽しい。


 作業がひと段落した頃には、もう辺りはすっかり夕暮れになっていた。


「今日は、こんなとこか」

「うん、また明日だねぇ」

 大輔くんは腰に手を当てそう言った。京ちゃんも頷いて、街を眺める。


「……まだまだ壊れている家が、たくさんあるわ」

「そうね……」

 そよ風に吹かれながら、ヒカリちゃんとテイルモンが呟く。今日1日作業をしたものの、上から見るとところどころ壊れている家があった。


「この街だけじゃない。他の場所も……」

「うん……」

 タケルくんの言う通り、デジタルワールド全体が、何かしら壊れている。私たちも手伝っているものの、なかなか全部綺麗にするというわけにはいかない。きっと、多くの時間を要するだろう。


「目障りだな、あれ。倒しといた方がいいよな?」

 後ろにそびえ立つダークタワーを見ながら、大輔くんは不快そうに眉を潜めた。


「でも、今は街の方を優先しようよ」

「僕もそう思います」

「ああ、そうだな」

 タケルくんと伊織くんの意見に、大輔くんは頷いた。また風が私たちの間を吹く。


「これから、どうするのかしら……」

「え?」

 そのヒカリちゃんの発言に、テイルモンは彼女を見上げた。


「一乗寺、賢くんのこと……」

 ヒカリちゃんはそう呟いた。
賢ちゃんのことは、大輔くんたちには話していない。飛鳥くんと相談して、とりあえず今は様子を見よう、ということになった。


「あいつにも、手伝わせればいいんだよ」

「そうだよ!」

 大輔くんとブイモンは気楽な様子でそう言った。……みんな、大輔くんみたいだったら良いのに。


「でも……」

 京ちゃんは後ろを振り返った。


「もうデジタルワールドには来ないかもね……」

「そうですね……」

 ホークモンも複雑な表情を浮かべる。京ちゃんたちは、賢ちゃんがデジタルワールドに来て、一緒にボランティアをしているということは誰も知らない。ワームモンが生まれたことも――。


「デジモンたちも、あいつのしたこと、許せないと思ってるし……」
 
「その通りです」

 タケルくんと伊織くんはそう呟いた。


「伊織?」

「僕は、彼のしたことを許せません!」

 伊織くんは憎々しげに言い放った。
私と飛鳥くんは、思わず顔を見合せた。これじゃあ仲間に入るどころか、話もまともにできないだろう。賢ちゃんのことを話したら、タケルくんや――特に伊織くんがどんな反応をするか。容易に想像ができる。
これはそろそろ、大輔くんに相談するしかないかな……。伊織くんの横顔を見ながら、そんなことを考えた。



 私たちは現実世界へ戻り、学校を後にした。


『はらへったあ……』

「おっはぎ、おっはぎー!」

 大輔くんたちが項垂れている横で、京ちゃんはおはぎコールをする。元気だなあ。


「ごめんなさい! 今日は僕、道場に行くんです」

「ええー!?」

 京ちゃんたちが残念そうに声をあげる。


「ここで失礼します」

「うん」

「稽古頑張ってね!」

「はい」

 タケルくんとヒカリちゃんに頷くと、伊織くんは門に引っかかっていた何かを拾った。


「どうしたの?」

「こんなもの……」

 私が覗き込むと、それは賢ちゃんの特集の記事のようだ。伊織くんはそれを見た瞬間、ぐしゃりと握り潰す。


「伊織んちのおはぎぃ……」

 京ちゃんたちは相変わらず嘆いている。


「……では、僕行きますね」

「暗いから気をつけてな」

「はい」

 伊織くんがくるりと背を向けると、飛鳥くんはそう声をかけた。背をむける前の伊織くんの表情は――普段見ないくらい、鋭いものだった。


 その日の夜。私はラブラモンとオセロをしていた。


「ぐう……ラブラモン、やっぱり強いよ……」

 私は白で、ラブラモンは黒だが、盤面は既に真っ黒になっている。最初は手加減していたらしいラブラモンだが、それは無しだと言ったところ、その後1回も勝てていない。テレビゲームやトランプなどでも同様だ。打倒ラブラモンに向けて、私は日々頑張っている。ラブラモンと一緒に。


「湊海様がうわの空だからですよ。いつもはもっとお強いです」

「うーん……」

 私はベッドにもたれかかった。


「……タケルくんたち、やっぱり賢ちゃんのこと、許せないみたい。特に伊織くんは……」

「伊織さんはとても真っ直ぐな方ですから。仕方ないかもしれません」

「そうだよね……」

 私はラブラモンに、こくりと頷いた。伊織くんはとても正義感が強い。曲がったことは誰よりも許すことができない。だからこそ、賢ちゃんにもあのような姿勢なのだろう。


「……確かに、カイザーのやったことは、ひどいよ。私ですら、許せないと思う。でも……」

 私はぎゅっとクッションを抱いた。


「でも私、賢ちゃんのこと好きだもん。カイザーだったからって嫌いになれないよ。あんなに自分を責めているのに、これ以上なんて……」

「……伊織さんたちも、賢さんも、もう少し時間が必要なのかもしれませんね」

「……うん。そうかも」

 もう少し。もう少し時間があればきっと――。



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