「タケルくん!」
何とか追いつき、タケルくんの肩を叩くが、タケルくんはこちらを一切見ない。
「タケルくんってば、伊織くんのところに戻ろうよ!」
「そうだよ! 決着なんて後でも良いじゃないか! 今は他にやることが……!」
タケルくんは私の言葉はおろか、パタモンの言葉にも耳を貸さなかった。
「タケルさん、どうしてしまったんでしょうか……」
ラブラモンが心配そうに呟く。
「……さっきの映像が、よっぽど許せなかったみたいだね」
「デビモンでしょ。僕はまたタケルと会えたから、もういいんだけどな」
「……タケルくんにとっては、そうじゃないんだよ」
私の言葉にラブラモンとパタモンは、顔を見合わせた。
「私もラブラモンを失うことがあったら……その相手を、一生許せないと思う」
「湊海様……」
私はぐっと、拳を握った。パートナーを失うことがどれほど辛いか――。私には想像できなかった。想像すらしたくなかった。
すると前の歩いていたタケルくんが、ぴたりと止まった。
「どうしたの?」
私がそう訊くと、タケルくんの目の前には、デジモンカイザーが現れた。まあ、そりゃこいつの基地なんだからいるか。
「お前たちいい根性してるな。暗黒のパワーをも支配するデジモンカイザーの要塞に忍び込むなんて」
私は前に出て、タケルくんを庇った。
「なーにが暗黒のパワーだよ! そんなのダサいだけで、少しもかっこよくない!」
「何だと!?」
「……ぷっ」
私とカイザーが睨み合ってると、タケルくんが突然噴き出した。その突拍子のない行動に、私は思わず声を漏らした。
「え?」
「な、何だ!?」
「ホント、湊海お姉ちゃんの言う通りだよ」
タケルくんはくすくす笑いながら、私を後ろへ引っ張る。タケルくんはカイザーの正面に立った。
「一乗寺さあ……、いつまで世界征服ごっこしてる気?」
タケルくんは、いつになく乱暴に問いかけた。
「楽しい? でも君さ、暗黒のパワーなんて言ってるけど意味わかってる? わかってないでしょ? 怪我じゃすまないよ。いい加減、大人になんないとね」
そう一気に捲し立てるタケルくんに、カイザーはおろか私も声をかけることができなかった。こんなタケルくん、今まで見たことがない。――普段穏やかな人が怒ると怖いというのが、目の前で実証されてしまった。私は、どうすればいいのだろう。
「虫けらが……! 虫けらが! 虫けらっ、虫けらっ! 虫けら!」
「……君、それしか言えないの?」
正論を言われて悔しかったのか、絶賛虫けらパレード中の賢ちゃんに、タケルくんは冷たく言い放った。天才少年がどっちか、わかりゃしない。
「だ、黙れ!」
カイザーはムチをうならすと、タケルくんの頬に当てた。
「あ……!」
パタモンが思わず声をあげる。タケルくんの頬は赤くなっていた。
「ちょ、ちょっとあんた! タケルくんに……!」
「うう……!」
思わず詰め寄ると、カイザーは後悔したような表情で、タケルくんを見つめた。――今のは、わざとじゃない?
「……貴方って」
「口で敵わなかったら、暴力ってわけか」
タケルくんは頬に手を当てると、触れた手を見つめながら呆れたように笑った。
「違う……!」
あまりの剣幕に賢ちゃんは首を横に振った。どうやら本当にわざとじゃないらしい。とんだ災難だな。
「ふーん、違うの? ……ま、それはどうでもいいんだけど。今のでおしまい?」
カイザーは何も答えなかった。そもそも仕掛けようとも思っていないのなら、答えようがないだろう。
「じゃあ今度は、僕の番だね!」
「え?」
タケルくんは笑顔でそう言うと、鋭い目付きで賢ちゃんに思いっきり殴りかかった。
「え? あ、ちょ、ちょっと! タケルくん!?」
タケルくんは馬乗りになり、賢ちゃんをボコボコにする。た、タケルくんってばバイオレンス――。いやでも、何だかんだでヤマトさんの弟だし、やるときはやるのか? でも、何もこんなときに……!
慌てて止めようとしたそのとき、基地が大きく揺れる。バランスが取れなり、尻餅をついてしまった。
「湊海様、ご無事ですか!?」
「うん。それにしても、この揺れは一体……」
しかし、その間にもタケルくんと賢ちゃんの喧嘩――いや、タケルくんのカイザーリンチ劇場は続いていた。何とか反撃しようと賢ちゃんがムチを拾い、タケルくんに叩きつける。
「なに!?」
しかしタケルくんは軽々と片手で受け止め、再び賢ちゃん殴りかかった。
「ひええ……タケルくんの反射神経、どうなってんの……?」
「湊海様、止めなくてよろしいのですか?」
「そ、そうだった……」
あまりにもとんでもない出来事に、現実逃避していたらしい。私は立ち上がり、タケルくんの元へ寄った。
「ちょっと、タケルくんってば……」
「ネバネバネット!」
間に入り止めようとしたら、何か糸のようなものがこちらに飛んできた。
「うわっ!」
「危ない!」
ラブラモンが咄嗟に私を庇う。
「エアーショット!」
パタモンの必殺技で相打ちし、何とか防ぐことができた。
「やる気か!?」
「賢ちゃんに手を出すんならね!」
パタモンと芋虫くんは睨み合った。どうやら芋虫くんは賢ちゃんと一緒に来ていたらしい。
「もう芋虫くん、危ないじゃない」
「芋虫じゃないよ、ワームモン! 賢ちゃんは僕が守るんだ!」
ワームモンは胸を張って自己紹介をした。
「その賢ちゃんをボコボコにしてるタケルくんを止めようとしてるんだけど。私巻き込んでどうする気よ」
「う、確かに……」
ワームモンたちは神妙な顔で頷いた。それにしても、いつまでタケルくんは賢ちゃんをボコってるんだ。いい加減オーバーキルではないだろうか。
すると突然、天井から爆発音が聞こえた。
「うわっ!」
「な、何だ!?」
上を見上げると、そこには穴が空いていた。空には、恐ろしく気持ち悪いデジモン飛んでいる。あれは――?
「僕の作ったデジモン、キメラモンだ! すごいだろ!? お前たちが束になったって敵うもんか!」
「つ、作った……? あんな化け物を……!」
「とてつもない、闇のパワーを感じます……! 自我も知性も、なにも感じない……。あれは、生まれてはいけなかった存在です……!」
私は思わず絶句した。デジモンを作るなんて、一体何を考えているのだろう。しかも奴は、恐らくあの渦の闇の力を纏っている。ラブラモンがそう言うのも、無理はないだろう。
「タケル!」
「うん! デジメンタルアップ!」
「パタモン、アーマー進化! 天翔る希望、ペガスモン!」
タケルくんはまたもやラブラモンを抱え、ペガスモンに背中に乗り込む。
「湊海お姉ちゃん行くよ!」
「うん。ちょっと待って」
私は倒れている賢ちゃんに、ゆっくりと近づいた。彼は怪訝そうな目で、こちらを見る。
「デジモンカイザーさん」
「……なんだ?」
「……これまで貴方には、いっぱい酷いことをされてきた。その上闇の力にまで手を出したんだから、タケルくんが怒るのは仕方ないと思う」
淡々とそう話すと、賢ちゃんは目を背けた。
「でも……」
私はリュックから未開封のペットボトルの水を取り出し、ハンカチを濡らした。
「何でかな。貴方のこと、どうしても嫌いになれない。瞳の奥にある光が、どうしても気になるんだ。助けてって聞こえる」
「何を馬鹿なことを……!」
賢ちゃんはムチを構えたが、全く動かす様子はない。私はそれを見て、苦笑いを零した。
「とか言って、私を傷つけること、しないんでしょ」
「ぐっ……」
賢ちゃんはムチから手を離した。――やっぱり、残ってるんだ。飛鳥くんが大切に思っている賢ちゃんは。彼の中に。彼が気づいていない奥底に、残っているんだ。
「ハンカチ、あげる。あとでちゃんと冷やしときなよ?」
私はそっと、賢ちゃんの頬にハンカチを当てた。彼が受け取ったのを確認して、タケルくんの元へ向かう。
「湊海お姉ちゃん、早く!」
私はタケルくんの差し出す手を取った。いつもより強引に、ぐいっと引っ張られる。
「うわっ、と!」
「……湊海お姉ちゃん、僕すごく怒ってるからね」
「……うん。わかってる」
ぺガスモンは空へ舞い上がった。
「一乗寺! お前との勝負はまた今度だ!」
「じゃあね。賢ちゃん」
私たちは上に空いた穴から脱出した。――あの化け物を倒してから、賢ちゃんと話をしたい。
「……賢ちゃんと呼ぶな、バカ」