本当の気持ち

 早朝からタケルくんたちに置いていかれた大輔くんだったが――。


「うそー!? ヒカリちゃんたちまで!?」

 大輔くんの悲しそうな声が響く。ヒカリちゃんと京は、タケルくんたちに続いて、カイザーの基地を探しに行ってしまった。
つまり、大輔くんはまた置いていかれてしまったのだ。島の先に海が広がっているため、ライドラモンではこれ以上進むことができず、大輔くんはがっくりと肩を落とした。


「大輔くん、メイルドラモンに乗っていく?」

「大丈夫……。俺、これ以上情けなくなりたくない……」

 大輔くんはそう嘆くと、ライドラモンから降りた。その瞬間退化して、ブイモンに戻る。


「いいよ。飛鳥さんたちも行ってきて……」

「……良くないよ。俺も残ろう」

「え?」

 メイルドラモンは俺が地面に降りたのを確認すると、ロップモンに退化した。


「情けない顔するんじゃないわよ。しっかりしなさい」

「そうだよ大輔。俺たちは俺たちなりに頑張ればいいんだ!」

 ロップモンとブイモンの励ましに、大輔くんは笑顔を取り戻した。


「……ああ、そうだな!」

「そうそう。大輔くんは笑顔が1番!」

「ありがとう、飛鳥さん」

 俺は微笑み、大輔くんの背中をぽんと叩いた。



「……ねえ、飛鳥さん」

「どうしたの、大輔くん」

 海の景色を見ながら休憩をとっていると、大輔くんに声をかけられた。


「飛鳥さんって、カイザー……一乗寺の仲間、なんだよな?」

「……うん」

「本当にいいのか? 倒しちまって……」

 大輔くんは心配そうに尋ねたが、俺は首を縦に振った。


「……いい。だって、もう戻れないところまで来てる。賢のためにも、デジタルワールドのためにも、今はこれしか方法が……」

「でも!」

 大輔くんは俺の言葉を遮り、立ち上がった。そのままゆっくりと俺の正面に来て、目線を合わせる。


「飛鳥さんの気持ちは? だって飛鳥さん、ずっと辛そうな顔してる」

「大輔くん……」

 俺は自分の顔に手を当てた。そんなにわかりやすい顔、していたのかな――。


「……俺、考えたんだ。難しいこと考えるのは苦手だけど、仲間を倒すってどういうことか……。俺が、タケルや、ヒカリちゃんや、湊海ちゃんたちとそういうことになったら……って。そう考えたら……すっごく、苦しくて、どうしようもなくて……」

 大輔くんは言葉を紡ぎながら、ボロボロと涙を零した。大輔くんは、俺の心の痛みを自分のことのように考えてくれている。その懸命な姿に、ズキンと胸が傷んだ。


「大輔くん……」

 大輔くんはごしごしと目を擦ると、話を続けた。


「……俺は、カイザーを倒したいと思ってる。多分、他のみんなも。湊海ちゃんは……」

「湊海?」

 首を傾げると、大輔くんは困ったように笑った。


「うーん……ちょっとタケルたちとは、違うこと考えてる気がするな」

「……そう、なのか」

「何となくだけど。直接聞いたわけじゃないから、わかんないや」

 大輔くんは、俺たちが思っている以上に鋭いところがある。その大輔くんが感じるくらいだから、本当に湊海はタケルくんたちとはまた違う感情を、賢に抱いているのだろう。それがどういうものかまでは、大輔くんにもわからないらしい。……俺も、わからない。


「……俺の、正直な気持ち言っていい?」

「うん」

 そう尋ねると、大輔くんは頷いてくれた。ここには大輔くんと、ブイモン、ロップモン以外は誰もいない。――自分の、本当の気持ちを話すのは、ここしかない。俺は大きく、息を吸い込んだ。


「……本当は賢と戦いたくなんてない。みんなが、カイザーの……賢のことを悪く言うのは、自分のことのように苦しい」

「……うん」

「倒すなんて、したくないに決まってる。だって俺は……賢の友達で、仲間だったんだから……」

「……うん」

「……でも、でも! 賢はもう……昔の賢じゃないんだ。デジモンを平気で傷つけるし、デジタルワールドをめちゃくちゃにしようとしてる。それは、許してはいけない。絶対に、ダメなんだ……」

 みんなには言ってなかった――言えなかったけれど、本当はずっと、辛かった。自分から一緒に戦ってくれとお願いしたけど、本当は苦しくて、辛くて、たまらなかった。
太一先輩のアグモンが連れ去られたとき、血の気が引いた。なんてことをするんだと、手の震えが止まらなかった。完全体を操るようになった賢に、恐怖を覚えた。もう賢は、俺の知ってる賢じゃなかった。
 もう俺は自分がどうしたいのか、わからなくなった。誰にも言えず、抱えていた。


「……俺、すごく苦しいよ。大輔くん、どうすればいいかな……?」

 大輔くんは俺の背中を優しく撫でた。撫でながら、こう答えた。



「……飛鳥さん、言ってたよな。俺たちと一緒に戦って欲しいって」

 俺は小さく頷いた。



「飛鳥さんの言う通り、今の一乗寺は本当にどうしようもない奴だ。……だから、戦ってわからせるんだ。飛鳥さんの気持ちを。デジモンを傷つけるっていうのは、どういうことかって。今までのこと全部反省させて、またやり直せばいいんだよ」

 俺は、その大輔くんの言葉に目を見開いた。……大輔くんは、賢を倒すだけじゃない。その先のことも考えていた。でも――。俺は顔を伏せ、こう尋ねた。


「……そんなこと、できるのかな?」

「できるさ!」

 俺の不安をぶっ飛ばすかのように、大輔くんは即答した。思わず顔をあげ、大輔くんを見る。


「飛鳥さんがこんなに一乗寺のこと思ってるんだ。伝わらなかったら、おかしいだろ」

 大輔くんは俺の肩を掴み、力強く力説をした。目は真っ直ぐ、こちらを見据えている。――大輔くんは本気で、そう思っている。


「俺、飛鳥さんのこと大好きだ。大好きだからこそ、そんな顔して欲しくない」

「大輔くん……」

「だから、一緒に頑張ろうぜ! 一乗寺を取り戻すために!」

 大輔くんがそう言うと、今まで黙って話を聞いていたロップモンが、ぴょんと俺の胸に飛び込んだ。


「そうよ飛鳥! 私もついてる。飛鳥なら絶対、大丈夫よ!」

「うん、俺もそう思う!」

 ロップモンとブイモンの声援に、俺は頬を緩めた。


「……ありがとう。みんな」

 大輔くんたちは満足そうに頷いた。――本当に、ありがとう。大輔くんの心は、誰よりも暖かい。そんな気がする。


 休憩を終えた俺たちは、どうにかして移動しようと、あれこれ模索していた。大輔くんはどうしても自力での移動にこだわるようで、さっきからずっと考え込んでいる。


「大輔、何考えてるの?」

 顎に手を当てている大輔くんに、ブイモンが問いかけた。


「この木を切って、丸木舟にするっのはどうだ?」

「あは、それいい考え!」

「そうと決まれば……!」

 大輔くんがヤシの木を押すと、その木は傾き、島が動き始めた。


「うわ、どうなってるんだ?」

「変なのー」

 俺とロップモンは驚いてそれを見た。デジタルワールドって、やっぱり変わってる……。


「何これ?」

「何って……とにかくこれでみんなを追いかけるぞ!」

「ひゃっほーい!」

 とりあえず移動はできるということで、大輔くんとブイモンは喜んだ。スピードはあまり早くないが、いつかはたどり着けるだろう。気長に待つか。


「あとさ、飛鳥さん」

「なに?」

 島の動きを見ていると、大輔くんに声をかけられた。


「俺のことも、大輔って呼んでくれよ。伊織たちだけずるいぞ。仲良しって感じがして」

 大輔くんは恥ずかしそうに笑いながら、そう促した。――そっか。湊海のいつも言っていることかわかる。大輔くん……大輔は、とっても可愛い。


「……うん。わかったよ、大輔!」

 俺がそう呼ぶと、大輔は満足げに頷いた。これでまた、仲良くなれた気がする。




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