「京さん……」
みんなを見送った後、ヒカリちゃんは京ちゃんの名前を呼んだ。
「なに?」
「もし、昨日私が言ったこと、気にしてるんだったら……」
ヒカリちゃんは目を逸らしながら、小さく呟く。
「ごめんなさい」
「え?」
「覚悟が、必要とか言ったこと」
ヒカリちゃんの言葉に、私は目を見開いた。――そうか。京ちゃんはプレッシャーを感じていたのか。それがヒカリちゃんの言葉のせいかというと、それだけではないんだろうけど。現実世界に帰ることはできない。今の状況自体が、京ちゃんを焦らせた原因になるのだろう。
「ううん。ヒカリちゃんのせいじゃないわ。気にしないで」
京ちゃんのその返しに、ヒカリちゃんはゆっくりと笑った。
「……うん。ごめんなさい」
「ああ、この森なら毒消し草とかあるかも。探してくるわ」
「私もお供します」
このやり取りを見ていたテイルモンとラブラモンはさっさと薬草を探しにいってしまった。どうやら気を使ったらしい。
「さて。ここで、昔話をしましょう」
「へっ?」
私はきょとんとする京ちゃんとヒカリちゃんを、私の両脇に座らせた。
「3年前のこと。小学4年生の可愛い女の子は、デジタルワールドを冒険しました」
「それって……」
「しかし女の子は途中で、仲間と歩むことをやめてしまいました。もうデジモンたちが傷つくところを、見たくなかったからです」
京ちゃんは悲しそうに目を伏せた。ヒカリちゃんもおろおろと、私と京ちゃんを見比べる。――話す方も聞く方も、決していい思いはしない。そんな話だ。
「女の子は戦うことが嫌いでした。
覚悟なんて、していなかったかもしれません。小学生の小さな、小さな女の子です。戦うのは、怖いに決まってました。誰も失いたくは、ありませんでした」
私は手元にある、D-3を見つめた。私たちを庇って、次々と犠牲になるデジモンたち。強大な敵。不穏な仲間たち。あのときの私たちはギリギリの状態だった。――だから、みんな違う道を歩むことになったのだろう。
「でも女の子には、ずっと傍にいる、パートナーがいました。途中で歩みを止めても一緒にいてくれる、仲間がいました。道は違ってもずっと待ち続ける、仲間たちがいました。ちっぽけな子どもたちを応援してくれる、デジモンたちがいました」
京ちゃんは顔を伏せたままだったが、ゆっくりと顔をあげた。
「女の子は再び歩き始めました。仲間と共に。パートナーと共に。そして一緒に戦ってくれる、デジモンたちと共に……。おしまい」
私は話し終えると、ぱちんと手を叩いた。
「……それって、ミミさんの話?」
「そう。3年前のお話だよ。私が話したってことは、ミミさんには内緒ね」
私はしーっと、口の前に指を立てた。
「……大丈夫だよ。京ちゃん。京ちゃんの傍には、ホークモンがいる。ヒカリちゃんがいる。私たちがいる」
私はそっと、京ちゃんの手を握った。
「京ちゃんが不安でたまらないなら、手を握ってあげる」
「私も握るよ。京さん」
ヒカリちゃんはそう言うと、私たちの上に手を重ねた。
「ふふ、だから一緒に頑張ろうね。京ちゃん」
「……うん。ありがとう。湊海ちゃん、ヒカリちゃん」
涙ぐむ京ちゃんに、私とヒカリちゃんは笑いかけた。――覚悟なんて、しなくていい。私たちがいるよ。京ちゃん。