8月3日


 その翌日、8月3日。今日は3年前、私たちを庇って死んでしまった、ウィザーモンの命日だ。


「なんだかお天気が、急に変わったね」

「うん……」

 花束を抱えたヒカリちゃんが空を見上げ、不安そうに言った。その不安が的中し、雷雲から大量の雷が降り注ぐ。そのうちのひとつが、フジテレビに直撃してしまった。


「ああ……!」

「雷が落ちた……!?」

 建物からは、脱出する人がたくさん出てくる。私たちは顔を見合わせた。そのときだった。


「テイルモン!」

 ヒカリちゃんの声に、私たちはテイルモンを見る。テイルモンはなぜか、建物の中へ入ってしまう。私たちは慌てて、テイルモンを追いかけた。


「これは……」

 たどり着いた部屋の天井では、黒い影が高速にぐるぐると回っている。


「一体なに!?」

 そのうち机や椅子も揺れだし、風もないはずなのに、チラシが空を舞う。私たちは思わず目をつむった。


「うわあああああ!」

「……私は、ここよ!」

 するとテイルモンが前に出て、飛び回る影に呼びかけた。


「もういい! 私はここよ!」

「これは、デジモンのしわざだ!」

「なんだって!?」

 そう言うとチビモンたちは、大輔くんたちの腕から飛び出した。


「そうだ、間違いにゃー!」

「どうしてそんなことわかるのよ!」

「同じデジモンです、わかります!」

 するとチビモンたちの体が光り始めた。これは……!


「チビモン進化! ブイモン!」

「ウパモン進化! アルマジモン!」

「ポロモン進化! ホークモン!」

「進化した!」

「この現実世界にデジモンがいるとしたら、まず間違いなく、敵です!」

「じゃあ、本当にデジモンなのか!?」

「デジモン……?」

 ヒカリちゃんが小さく呟く。――この世界のデジモン。あの影の形……、そして、テイルモンの反応……。頭の中に彼の存在が思い浮かぶ。


「ようし、行くぜ!」

『おう!』

「待って!」

 飛び出そうとするブイモンたちを、テイルモンが止める。


「ここよ!」

『テ・イ・ル・モ・ン……』

 そうテイルモンが呼びかけた瞬間、低い声が部屋中に響く。


「私は、ここ!」

『テイルモン……』

「テイルモンを呼んでいます!」

 動き回っていた影は、テイルモンの目の前でぴたりと止まった。


「ウィザーモン!」

 そのテイルモンの発言に、太一さんたちは目を見開く。影はゆっくりと、半透明なウィザーモンの姿に形を変えた。


『テイルモン……』

「ウィザーモン!」

 ヒカリちゃんが嬉しそうに呼ぶ。


「これが……!」

「あ、あの……!」

「ウィザーモン……!」

 大輔くんたちも呆然と呟いた。


『ヒカリ。湊海。ラブラモン。また会えたね』

 その言葉に、私は涙が零れた。まさか、また会うことができるなんて――。私たちのことを、覚えていてくれたなんて……。ごしごしと目を擦り、私は大きく頷いた。
ヒカリちゃんは、ぎゅっと私の手を握った。ラブラモンもそっと私に寄り添う。会えてよかった、ウィザーモン……!


「ウィザーモン。私を呼んでいたのね」

『どうしても伝えたいことがあって……』

「伝えたいこと? 何?」

『敵には、今君たちが持っている力だけでは勝てない』

「えっ?」

「敵? デジモンカイザーのことか?」

『敵は、今見えているだけの相手ではない。もっともっと大きな闇を引き込んでいる。闇は、力だけでは追い払う事は出来ない。闇に呑み込まれた者を、本来の姿に戻すには……』

「戻すには!?」

『優しさが黄金の輝きを放つ』

 ウィザーモンの言葉に、私たちは息を呑んだ。優しさが黄金の輝きを放つ――? 一体これは、どういう意味なんだろう……。優しさって、確かカイザー……賢ちゃんの紋章じゃなかったっけ。でもそれは、まだ見つかっていなかった、ような……。これだけではよくわからない。けれど、ウィザーモンが一生懸命伝えたことだ。何か重要な意味があるのだろう。


 
「優しさが、黄金の輝きを放つ……」

『優しさだけではいけない、それだけでは。黄金の輝きが……奇跡が、必要なんだ』

「わかったわ」

 テイルモンはウィザーモンの言葉に、こくりと頷いた。


『時は迫っている。急いで、君たち!』

「俺たち?」

『テイルモンを頼むよ』

 ウィザーモンはそう言い残すと、だんだんと後ろに下がり始めた。


「ウィザーモン!」

 ふたりは手を伸ばし、掴もうとしたが、触れることはできない。


「ああ……!」

 テイルモンが悲しそうに声をあげる。ウィザーモンも悲しげに手を見つめていたが、再び窓の向こうに消えていった。


「ウィザーモン!」

 テイルモンは必死に追いかけたが、追いつくことはできない。テイルモンは窓に張り付き、ウィザーモンの消えていく方を見据えた。


『急いで……!』

「テイルモン……」

 ヒカリちゃんは泣きじゃくるテイルモンをそっと抱きしめた。


「あたしたちのために知らせてくれたのね……」

「今日は、ウィザーモンがここで……」

 空さんとタケルくんが小さく呟く。わざわざ力を振り絞って、来てくれたんだよね……。


「もう、会えないのかな?」

「きっと会えるさ」

「そうだよ」

 涙声のヒカリちゃんに、太一さんとヤマトさんはそう励ました。


「ウィザーモン、ありがとう。あなたがくれた命は、決して無駄にはしない」

 私たちは、ウィザーモンの消えていった方をじっと見つめた。――優しさが黄金の輝きを放つ。必死に伝えてくれたウィザーモンのためにも、デジタルワールドを……賢ちゃんを、救わないと。
 私はぐっと拳を握った。――彼と本気で戦うときが、来たかもしれない。




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