パートナーの意味


 その日の夜。リビングで本を読んでいた結月に、ロップモンは声をかけた。
 今日は父さんも母さんも仕事が遅くなるようで、家にいない。俺は夕ご飯の支度をしつつ、ロップモンと結月の会話に耳を傾けた。


「ねえねえ結月。一緒に行きましょう?」

「……嫌よ。なんで行かないといけないの」

 ロップモンが結月の肩に乗ると、結月は首を振り、そっとロップモンを床に降ろした。

 明日は8月2日。俺たちが初めて、デジモンと出会った日だ。いい思い出かと聞かれると、胸がぎゅっと締めつけられる。でも、あそこでラブラモンの進化を見ることができたのは、すごいことだと思う。初めて見た進化はあまりにも神秘的で、目を奪われた。あれが、ロップモンと出会うきっかけになったのだと思うと、感慨深いものがある。


「そんなこと言うなよ、結月」

 俺はエプロンで手を拭き、リビングの方へ向かった。


「ほら、あそこで売ってたアイス。結月好きだろ? だからさ……」

「触らないで!」

 そっと頭を撫でようとした途端、結月は俺の手を払い、睨みつけた。


「結月……」

「……いいわよね。兄さんにはロップモンがいて。湊海さんだって、ラブラモンがずっと傍にいてくれるわ。でも……」

 結月は目を潤ませ、ぐっと唇を噛んだ。


「……私だって、デジモンを見たのに。なんで私にはパートナーデジモンがいないの? なんで兄さんばかり……。勉強も、スポーツも、習い事も、お手伝いも、ぜんぶぜんぶ頑張ってるのに……なんでよ!」

 結月は大声で叫んだ。その心の叫びに、俺は答えることができない。――結月はずっと、パートナーデジモンを欲しがっていた。初めてラブラモンと湊海を見た時からずっと。ラブラモンみたいなお友達が欲しい。そう言っていた。

 いつからだろう。結月が『お兄ちゃん』と呼ばなくなったのは。
俺がロップモンと出会ったときも、結月は喜んでくれていた。何なら最初は、仲良く一緒に遊んでいたのに……。気づけば結月は、ロップモンとも遊ばなくなったし、俺と会話することもなくなった。まだ小学生だというのに、感情を表に出さなくなった。


「なんで私の傍には、誰もいないの……」

 結月はボロボロと涙を流した。こんな形で、妹の感情が爆発する姿を見たくなかった。俺が見たいのは、結月の笑顔なのに。


「行くなら、勝手に行って! 私に……かまわないで……!」

「結月!」

 結月はそう言うと、リビングから飛び出して自分の部屋にこもった。鍵までかけられてしまう。


「……ごめんな。お兄ちゃん、デリカシーがなかったね」

 ドア越しに声をかけるが、結月の返事はない。中から聞こえるのは、すすり泣く声だけだ。俺は泣きそうになるのを堪え、話を続ける。


「……あとで夕ご飯、食べに来なよ。俺、ご飯食べてお風呂入ったらすぐ寝るから」

 それだけ伝え、俺はリビングに戻った。ソファーに倒れ込むと、ロップモンが心配そうに俺の顔を覗いた。


「また飛鳥、泣いてる」

「……俺って結構、泣き虫だからね」

「あんまり無理しちゃダメよ」

「大丈夫だよ。ここで無理しないと、お兄ちゃん失格だ」

 俺は体を起こし、ロップモンを抱えた。ロップモンの温もりは心を少し落ち着かせてくれる。


「さ、夕ご飯食べよう。今日はカレーだぞ。夏野菜たっぷりだから栄養も満点!」

「……うん! 飛鳥のカレー美味しいから楽しみ!」

 俺とロップモンは笑い合った。結月もこれを食べて、ちょっとでも元気を出してほしい。俺に出来るのは、これくらいしかないから……。



 そして翌日。俺たちは東京タワーへ来ていた。

「ここ、ちゃんと直って良かったな」

「人間の技術も、なかなかやるわね」

 東京タワーに来るのは、3年ぶりになる。あの日以来、この場所に来たことはなかった。曲がって倒れかけていた東京タワーも無事に直り、観光客が大勢いた。3年の時の流れというのは、短いようで長い。

 俺たちは周辺にある並木道をゆっくりと歩いた。この辺りは3年前から変わっていない。アイスクリーム屋も相変わらず営業していたので、ふたつほど買い、ベンチに座った。


「うーん! やっぱり暑い中食べるアイスはおいしいわ! 人形のときからずっと食べたかったのよね!」

「ロップモンも3年前、色々大変だったんだよな」

「そうねえ……。でも湊海ちゃんたちと一緒だったから、楽しかったよ」

 アイスをぺろぺろと舐めながら、ロップモンは答えた。
ロップモンは3年前、ピエモンというやつの呪いで人形になっていたらしい。どうやってロップモンに戻ったかは、この前の話でもわからなかったけれど。
そのロップモンの体の中に湊海の紋章があったんだとか。ますます謎が深まっていく。早く教えて欲しいな。


「こうやって、飛鳥と出会うこともできたしね!」

 ロップモンは俺に笑いかけた。――でも俺は、2年前からずっと気になっていることがある。


「……なんで、結月は選ばれし子どもにならなかったんだろう」

 俺がそう呟くと、ロップモンはぴたりとアイスを食べるのをやめた。


「飛鳥……」

「俺が1番知ってる。結月はとっても頑張ってる。あんな態度してるけど、ロップモンのことを可愛がってる。とっても優しい子なんだ」

 拳をぎゅっと握り、結月のことを思う。結月は小学校に入ってから、いっぱいいっぱい頑張っている。……頑張っているうちに、言葉遣いも、態度も変わっていった。変わっていったけれど、根っこの部分は一緒だ。結月は昔からずっと、優しい子だった。


「父さんも母さんも仕事が忙しくて、寂しい思いしてるのに我慢して……。本当に、いい子なんだよ」

 ロップモンは困ったように眉を顰めると、ゆっくりと口を開いた。


「……デジモンを見たからと言って、全員が全員選ばれるわけじゃないの。選ぶのは、安定を望む者たち……。私たちじゃ関わることはできない。飛鳥と私が出会えたことだって、奇跡なんだよ」

「……そう、だよな。それならお台場の人たち、みんな選ばれることになる……。でも……」

「……大丈夫。きっと、結月にもパートナーデジモンが現れるわ」

「……うん」

 俺は頷き、空を見上げた。結月のパートナー……デジタルワールドにいるなら、会ってやってほしい。結月はずっと、君を待ってるんだ。




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