希望は絶えない

「……ちょっと。やめてくんない? それ」

 手すりにごつん、ごつんと頭をぶつけていた大輔くんは、京ちゃんの声に顔をあげた。


「耳障りなの!」

「そういう京ちゃんだって、足……」

「え?」

 私の指摘に京ちゃんはぽかんとした様子でこちらを見た。どうやら無意識だったらしい。京ちゃんは先ほどからずっと、足でこつこつと音を立てていた。


「……あのさ、それやめてくれない? 貧乏ゆすり。目障りなの」

「好きでやってるんじゃないわよ!」

「こら、喧嘩しないの!」

「みんな、イライラしたらいかんて!」

 私とアルマジモンは、2人の間に入った。


「してねえよ!」

「本当きゃ?」

「本当よ!」

「ならええがや。なあ、みんなして、気分転換にしりとり歌合戦でもせんきゃ?」

「……ごめん、とてもそんな気分じゃない」

「どうして、君はこんな状況下でそんな思考が出来るんです?」

 ヒカリちゃんは沈んだ表情でそう答えた。ホークモンは怪訝そうな目でアルマジモンを見る。


「そりゃあ、伊織を信じとるからだがや」

「あたしだって、信じてるわよ? でもね、タイムリミットってものがあるのよ」

「そう。早くしないと、空気がなくなるんだ。空気がなくなったら……なくなったら……」

 京ちゃんと大輔くんは、悲しそうに目を伏せた。ひとりだけ行くのも勇気がいるが、待つ側にも辛いものがある。京ちゃんたちはひしひしと、それを味わっていた。さっきから雰囲気が薄暗い。


「俺たちがこんなんじゃ、伊織を送り出した意味がないだろ?」

 その飛鳥くんの声に、大輔くんたちは顔をあげた。飛鳥くんは真っ直ぐ大輔くんを見据え、肩を掴む。


「しっかりするんだ、大輔くん。伊織は絶対、助けにきてくれる。最善な策を考えてくれる。……だから、そんな顔しないで」

「飛鳥さん……」

 飛鳥くんは大輔くんの頭をぽんぽんと撫でた。――ここは、飛鳥くんに任せようかな。

 私はこの場に見当たらないタケルくんを探すため、建物の下に降りていった。



「湊海様、そんなに気を落とさず。どーんと構えて、伊織さんを待ちましょう?」

「……そうだね。ラブラモン」

 ラブラモンに励まされつつ、階段を降りていく。こういうとき、デジモンたちは気丈である。いつも私たちを慰めてくれるのは、パートナーたちだ。本当はしっかりしないといけないんだけど、ね。


「はあ……」

 私は階段手すりに身を任せ、思わず息をついた。こんなとき、私は飛鳥くんのように、みんなを励ますような言葉を言えなかった――。まだ落ち込むような素振りを見せなかっただけマシ……かな。
 私たちに残された時間はどれくらいだろうか。あいにく、それを計算するような知識は持ち合わせていない。
私には一体、何が出来るのだろう……。

 
「おっきなため息だね、湊海お姉ちゃん」

「た、タケルくん!」

 突然名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばす。下を覗くと、そこにはツルハシを持っているタケルくんがいた。


「無理したって、僕にはお見通しだよ? 本当は不安なくせに、明るく振る舞っちゃって」

「……違いますぅ。無理なんて、してないもん」

 いたずら気に笑うタケルくんに、私は頬を膨らませた。やっぱり、最近のタケルくんは意地悪だ。
私はとんとんと、少し音を立てながら、階段を降りてタケルくんの元へ向かった。



「ところで、様子を見に来たんだけど。何してるの?」

「デジメンタルを掘ってるんだ。でも、ちょっとだけ休憩」

 そう言うとタケルくんは地面に座り込んだ。


「湊海お姉ちゃんたちもおいでよ」

 私は頷き、タケルくんの横に腰掛けた。彼はじっと、デジメンタルがあるであろう場所を見つめている。――他のみんなは目が曇っていたのに、タケルくんの目には光が灯されていた。どんな状況でも、タケルくんは希望を失うことはない。
 エンジェモンがデジタマに戻ったときだって、ピエモンに追い詰められたときだって、もしかしたら死んでしまう、今だって……。タケルくんは、諦めない。絶対に。


「……やっぱり、タケルくんは私たちの希望だね」

 私が小さくそう呟くと、タケルくんは驚いたように目を開いた後、ふっと笑った。


「僕が頑張れるのは、湊海お姉ちゃん……みんながいるからだよ」

 私はこくりと頷いた。――タケルくんの希望があれば、私も何だか光が見えてくる。しっかりしないと。まずは目先のデジメンタル、だよね。丈さんの誠実を受け継げるのは、きっと伊織くんしかいない。


「……ありがとう。タケルくん」

「どういたしまして」

 タケルくんは私の頭の上にふわりと手を置いた。何だか最近のタケルくんは、妙に大人っぽい。


「さ、休憩終わり! 湊海お姉ちゃんも手伝って!」

「……うん!」

 私はタケルくんの伸ばしてくれた手を取り、立ち上がった。――タケルくんとなら、何だって頑張れる。そんな気がする。



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