「伊織くんがいいと思う」
するとヒカリちゃんが、そう提案をした。私たちもヒカリちゃんの意図がわかったため、次々と賛同の声をあげる。
「賛成! あたしもそう思う!」
「僕も」
「私も伊織くんがいいな」
「俺ももちろん、伊織がいいと思う」
「えっ?」
京ちゃん、タケルくん、私、飛鳥くんと立て続けにそう言われた伊織くんは、戸惑いの声をあげた。
「大輔は?」
「もちろんよね」
「俺もヒカリちゃんに賛成!」
大輔くんはヒカリちゃんに促されると、デレデレとした様子でそう答えた。多分大輔くんは何もわかってないし、何でもいいんだと思う。まあそれが、大輔くんのいいとこなんだけど。
「さあ伊織くん、脱出用ポッドに乗って!」
「な、なんで僕なんです? 僕がちっちゃいから? だったら嫌です!」
「なあに!? 嫌だ? 俺たちのせっかくの気持ち、受け取れねえっていうのかよ!」
頑なに拒否する伊織くんに、大輔くんは苛立ちながら詰め寄った。
「ええ、受け取れません!」
「ああ、ごちゃごちゃ言わずに受け取れ!」
「だから嫌です!」
「伊織、そんなこと言わないでくれよ。俺たちは伊織のことを信用してるから、行ってほしいだけなんだ」
「ふん……」
「大輔くんも、そんな強く言っちゃダメだよ。伊織が余計行きづらくなるだろ?」
「だ、だってよぉ……!」
飛鳥くんは伊織くんを説得したが、嫌だの一点張りでこちらを見ようともしない。同じく諭されてしまった大輔くんも、不満げに口を尖らせた。
「ねえ、提案があるの! 恨みっこなしで、くじ引きにしない?」
そんな伊織くんを見て、京ちゃんはそう提案した。
「くじ引きだぎゃ!」
「でも、そんなことで決めるのは……」
「いいえ、それ良い考え。私も賛成。伊織くんもいいでしょ?」
「え、ええ……」
大輔くんは渋ったが、ヒカリちゃんに遮られた。伊織くんも戸惑いながらも、しっかりと頷く。
「俺たちデジモンの分は、作んなくてもいいぜ?」
「いや、せっかくだから作ってもらいましょうよ」
「僕も賛成!」
「そうそう! 人間もデジモンも、皆平等だよ!」
「お、タケルくん良いこと言うね?」
「でしょ?」
私とタケルくんは笑い合った。まあ結果はわかっているのだけど。
「じゃんけんで決めよっか!」
「く、くじ引きがいいの!」
「そう?」
タケルくんは冷や汗をかきながら、大輔くんを黙らせる。――イマイチ意図がわかってない大輔くんはおいとくとして。京ちゃんは手際よく、くじを作っていった。
「さ、じゃあ最初は……」
大輔くんが真っ先に引こうとするが、タケルくんが何とか退かす。流石大輔くん。でも今は、大人しくしててね!
「伊織くんから!」
「ぼ、僕から?」
「さあ引くだぎゃ!」
「わかりました……」
伊織くんが嫌々とくじを引くと、こよりの先が赤くなっていた。
「すごい伊織!」
「最初から当たりくじを引くなんて!」
「やっぱりそういう運命だったんだぎゃー!」
「さあ、伊織くん」
しかし伊織くんは納得がいかなかったようで、鋭い目付きで京ちゃんの手を叩いた。その衝動で、くじが落ちてしまう。もちろんそれは全て、こよりの先が赤色に染まっていた。
「何すんの!?」
「イカサマじゃないか!」
「そりゃ、イカサマはイカサマだけど……」
京ちゃんは困ったように、伊織くんを見たが、伊織くんの怒りは収まらず、ヒートアップしていく。
「ずるいよ!」
「だって仕方ないじゃない……」
「そうよ! 伊織くんが強情だから!」
ヒカリちゃんが開き直る形で、伊織くんに反論する。騙したのは悪かったけど、伊織くんこうでもしないと動きそうにないからなあ……。
「へえ、よく考えたなあ」
「俺とか当たったらどうしようかと思ってた」
一方大輔くんとブイモンは本当になにも気づいていなかったようで、散らばったくじを見て呆気にとられていた。その純粋さ、いつまでも大切にね。
「あなたたち、気づいていなかったんですか……?」
「みんな気づいてたのか?」
「常識でしょ」
そのヒカリちゃんの言葉に、大輔くんたちはがっくりと肩を落とした。常識かは微妙なところだが、全く気づかなかったのは逆にすごい。
「とにかく、僕は行かない!」
意地でも動こうとしない伊織くんに痺れを切らした京ちゃんたちは、ある行動に出た。
「大輔!」
「タケルくん!」
京ちゃんとヒカリちゃんがそう呼ぶと、伊織くんは2人に脇をがっちりと固められる。
『はーい!』
「離せ! 離せ、離せえええ!」
いくら大人びていても、小学3年生。上級生2人に抱えられたら、抵抗していても持ち上げられてしまう。少し可哀想だが仕方ない。
「伊織くん、あっちに戻ったらこのことを丈さんに伝えてね! この状況から私たちを助けられるとしたら、イッカクモンしかいないから!」
「伊織を信じとるがや」
「待ってるからな、伊織」
『出せ、ここから出せええええ!』
伊織くんは最後まで暴れていたが、あっという間にポッドの外が海水で満たされ、伊織くんの姿は見えなくなってしまった。
「今よ! メガシードラモンが離れていったわ!」
「よし!」
京ちゃんの合図で、大輔くんはボタンを押す。これで無事、伊織くんは外に出られただろう。
いやしかし、あそこまで荒れ狂う伊織くんを見たのは初めてだ。とは言っても、ここに残ったら残ったで伊織くんは辛い思いをしただろう。それなら、やっぱり助けを呼びに行って貰える方が伊織くんのためにも良い。――というのを、伊織くんはイマイチ理解していなかったように思う。まあ、あんなに自分を責めていたらそうなっても仕方ない。