降り立ったのは、見慣れない場所だった。今まで来たことの無いエリアだ。少し行ったところには、建物が連なっているのが見える。デジタルワールドでいう、都会な街――といったところか?
「ここは……?」
私はキョロキョロと辺りを見渡した。せめて見覚えのある場所に出られたら良いのだけど……。
「来たか」
その声に、私は勢いよく後ろを振り向いた。このどこか気取ってる痛い声は――!
「デジモンダサカイザー!」
「おい! 間に何か入ってたぞ!」
カイザーは私の呼び名が気に入らなかったらしく、不満を漏らした。実際ダサいのだから仕方ない。
「湊海様に手を出すなら、私が黙っていませんよ?」
ラブラモンは素早く私の前に出ると、鋭い目付きでカイザーを睨んだ。
「違うよ! 賢ちゃんはそこの女の子に……」
「黙れ、余計なことを言うな!」
隣にいた芋虫くんが何かを言い出そうとしたが、カイザーはそれを制した。どうやら、他にデジモンは連れてきてないらしい。
「私を呼んだのは、貴方?」
「お前たちのデジヴァイスのオリジナルは、この僕のものだ。弄ることなど、造作もない」
「そうだったんだ……」
私はこくりと頷いた。カイザーの手にかかれば、私たちのD-3を反応させることは、簡単にできるらしい。何だかんだで出来るやつだな、こいつ。それにしても回りくどい呼び方である。
「で、何か用? 私をボコボコにする訳でもないようだし」
「ふん。人間ごときに手出しはしない。そこにいる犬っころは別だがな」
カイザーはにやりと笑うと、未だに警戒を解いていないラブラモンの方を見た。その様子に私は思わず息をついた。
「……懲りないんだね」
「何とでも言え。どちらにしても、今日は何もするつもりはない」
カイザーはそう言うと、何かをこちらに突き出してきた。
「これって……」
「以前にお前が渡してきたものだ。いらないから返す」
カイザーが渡してきたのは、いつかに貸してあげたハンカチだった。まさか直接返されるとは、夢にも思わなかったが。
「返すって、めちゃくちゃ良い匂いでふわふわしてるけど」
「うるさい! ふざけてると燃やすぞ!」
「燃やすでない燃やすでない……」
恐らく洗いたてのハンカチを触りながら感想を述べると、カイザーは逆上していた。おお、怖い怖い。
「これで貸し借りは無しだ。次会うときは、敵同士だからな」
カイザーはそう言いながら、私を指さした。変なところで律儀なやつだ。
「敵って、飛鳥くんも?」
「……あいつは裏切り者だ。どうなろうと知ったこっちゃない」
私の質問に、カイザーは間をあけながらもそう答えた。どうやら今日は会話をしてくれる日らしい。これが機会だとばかりに、私はカイザーに色々質問をすることにした。
「寂しくないの?」
「僕に寂しいという感情はない!」
「ふーん……。私たちと、仲間になりたいと思わないの? 同じ選ばれし子どもなのに」
「何を馬鹿なことを。お前たちと僕は次元が違う。凡人と天才を一緒にしてもらったら困るなあ……」
「というわけで、賢ちゃんって呼んでいい?」
「何がだ? お前やっぱり僕を馬鹿にしてるだろ。良いと言うと思ったか?」
カイザーは怒ってはいるが、本気じゃない。一体どういうつもりなんだろう。これ以上は、確かめることができなかった。それにしても、見込んだ通りにからかい甲斐がある。これからも使っていこう。
「おっけ。じゃあ賢ちゃん」
「おい。話を聞いていたか?」
カイザーはぴくぴくと眉を動かし、キレる寸前だった。全く怖くないけど。――いくら敵でも、酷いやつでも、これだけは言わなければならない。
「ハンカチ、綺麗に洗って返してくれて、ありがとう。嬉しかった」
私がそう笑うと、カイザーは目を逸らした。何やら気まずいことがあるらしい。
「次、また怪我したら貸してあげるからね」
「……ふん。いらないと言っている」
カイザーは鼻を鳴らし、悪態をついた。踵を返し、ゆっくりと歩き出す。
「いいからお前は早く帰れ。目に入れるのも苦痛だ」
「しっつれいだなあ。賢ちゃんは帰らないの? お母さんたち心配してるよ。きっと」
その私の言葉に、カイザーの足はぴたりと止まる。こちらを振り返ると、憎々しげにこう言った。
「僕は、あんな世界に興味はない……。虫けら共に構ってられるか……!」
「……そっか」
私は小さく頷いた。何があったかは、詳しくわからないけど――。カイザーにはカイザーなりの、理由があるのかもしれない。……元は優しいはずの、賢ちゃん。どうして今は、デジモンたちをいじめるのだろう。
「じゃあ、またね。賢ちゃん。あんまり暴れないように!」
私はカイザーにびしっと指をさし、現実世界に戻っていった。――飛鳥くんの、大切な仲間。どうやったら、私たちの元に来てくれるのだろう。
「何なんだ、あいつは……」