タケルくんは私の言いつけ通り、ヒカリちゃんのことを見てくれていたらしい。午前中、お昼と少しぼーっとしながらも、普通に過ごしていたヒカリちゃんに異変が現れたのは、午後だった。社会の時間中、前の席にいたヒカリちゃんが、ノイズのかかっているように見えたらしい。
「それって……?」
「もしかしたら、デジタルワールドに呼ばれたのかもって思ったけど……多分、違うと思う」
タケルくんは思わずヒカリちゃんの名前を呼んだ。するとヒカリちゃんはそのまま倒れてしまった。何とか後ろの子が支えて、事なきを得たようだ。
ヒカリちゃんは先生に促されるまま、保健室へ向かった。タケルくんは授業が終わった後、急いで保健室へ出向いたが、ヒカリちゃんは来ていなかった。
学校内を色々と探したところ、ヒカリちゃんは外のベンチでたそがれていたようだ。タケルくんが話しかけたところ、ひどく狼狽した様子で、太一さんを求めていたらしい。
「ヒカリちゃん、黒い海に呑まれそうになったみたいで……」
「黒い海……?」
「僕もよくわからない。でも、すごく恐いところみたいだ。泣きそうだったもん……」
タケルくんはぐっと拳を握ると、私から目を逸らした。
「……でも、僕は違うと思うんだ」
「何が?」
「何かあったら、すぐに太一さんを頼るところ。そりゃ、小さい頃は仕方なかったかもしれないけど……。今はもう僕たち、あのときのお兄ちゃんと同い年だ。なのに……」
タケルくんは窓の外を見つめながら、静かにこう言った。
「ずっと傍にいられるわけじゃないのに、太一さんを頼ったって、そんなんじゃダメだって……ヒカリちゃんに……」
「……言ったってこと?」
私の問いに、タケルくんはこくりと頷く。今のヒカリちゃんにとっては、少々パンチが効いた言葉だったかもしれない。――ただ、タケルくんが言っていることも、間違えじゃない。
でもそんなことは、ヒカリちゃんだってわかっているはず。わかっていても、今は太一さんが傍にいて欲しかったんじゃないかな、と思う。
「その帰り道に、私とぶつかったってわけか……」
私はタケルくんの隣に並び、そう呟いた。しかしタケルくんは、こちらを見ようともしない。どうやら私と顔を合わせるのは気まずいらしい。
「この前もヒカリちゃん、不安がってたんだよね。もしかしたら、その不安定な気持ちが、黒い海とやらを引き寄せたのかも……」
私がそう言うと、タケルくんはぴくりと肩を震わせた。
「……僕、そんな状態のヒカリちゃんにひどいことを……」
私は背中からそっとタケルくんを抱きしめた。
「……大丈夫。タケルくんの気持ちは、ちゃんとヒカリちゃんに伝わってるよ」
「湊海お姉ちゃん……」
「私がわかるくらいだもん。だから……」
私はタケルくんから離れると、腕を引っ張りこちらを向かせた。
「……そんな顔、しないで。タケルくんが泣きそうだと、私も苦しい」
予想通りタケルくんの目は潤んでいて、今にも涙が溢れそうだった。私はタケルくんの手を握り、小さな声でそう言った。
「……ね?」
タケルくんは静かに頷くと、私に抱きついてきた。
「わっと……タケルくんからなんて、久々だね」
「普段はしないよ。大輔くんじゃあるまいし」
タケルくんは私から離れると、恥ずかしそうに笑った。
「……情けないとこ見せて、ごめんね」
「なーに言ってるの。私にくらい、弱いところ見せたっていいんだよ。普段のタケルくん、完璧なんだからさ」
私はくすくすと笑った。これが情けなかったら、それこそ大輔くんは卒倒ものだ。
「違うよ。他の人はどう思われたって構わない」
その私の様子に、タケルくんは眉をひそめた。
「貴女の前では、かっこいい自分でいたいんだ」
タケルくんは私の両肩を掴むと、いつになく真剣な表情でそう言った。
私の前ではかっこよくいたいって――それは、一体どういう意味……?
年下だと思われたくないってこと、なのかな。いやでも、何のために……?
「タケルく……」
「……なーんて。湊海お姉ちゃんの前だとつい本音が出ちゃうから、そうはいかないんだけどね」
タケルくんはあっけらかんとした様子で、私の肩からぱっと手を離した。
「でもいつか、かっこいいところ見せるから。待ってて」
「うん。期待してる!」
私は大きく頷いた。しかしタケルくんのかっこいいところなんて、私ひとりで見ていいものなのだろうか。他の女の子もみたいんじゃないかな?
そういうファンサービスをしてもらおう。そうしよう。ほら、ヤマトさんも何かやってるし。サインとか。